っちの車へ。白河君に説明してあげる。熊蔵はそっちの助手台へ小さくちぢんどれ。キサマが前にふさがると何も見えん」配置を換えて出発する。
「目の下に見える丘陵地帯、あの全体の杉とヒノキはオレが買いつけとる。君らに売りつけてやろうというのは杉材だが、これはオレの今やっとる仕事にむかん。商業は有無相通ずるところに妙味があるから、諸君に一カク千金のチャンスを与えてやる。作業場に現場の技術家がおるから、こまかく説明してくれるが、だいたいオレが諸君に放出してやろうと思う杉材は、さっきも示したあの一帯、あれで六万から七万ちかい石数があるそうな。自動車で一周しても相当の時間を食うミチノリじゃ。あれを放出してやる」
 放出とは、うまい新語があるもの。平和の時代の言葉ではない。配給という特殊時代の言葉と共棲する単語で、ヤミという言葉と同じように、いずれは平和な人々には理解できなくなる言葉である。長範のような人物に限って、こういう時代にしか生きていない言葉を用いる。
「天草クンは製材所の倅だそうだな。天草商事は製材もやっとるから知っとるだろうが、今の相場で製材所の買い値が、杉ヒノキ五六寸の小丸太が六百円というところだな。七八寸が八百、尺上で千円。いゝところだ。尺五上が秋田営林署で千五百円で出しとる。キミは秋田に製材所をもっとるから知らんことはあるまい。マル公は千円だが、誰もマル公では相手にせんよ。しかし、オレの売り値はマル公よりも、もっと、はるかに安うなっとる」
 長範はいゝ気持だ。グッとそり身になって葉巻をくゆらす。
「オレが放出してやるのは目通り六七寸から一尺が主だが、尺上、尺五ぐらいまで相当数まじっとる。尺五上、二尺上となると、この山には生えとらんな。それで大体六万から七万石と見つもっとる。これに運賃をかけて、東京都内ならば指定の場所へちゃんと届けてやる。一山いくらで立木を売るわけにはいかんのだな。なぜならばじゃ。オレだから安く買いつけて、安く輸送ができる。ほかの誰がやっても、こう安くはできんが、第一、進駐軍用材の名で買いつけてガソリンを貰って、原木を他人に伐《き》りださせたとあっては、オレのコレが危いわい」
 とクビをたゝいた。
「六万五千石とみて、尺以下一石八百円、これはマル公と同値じゃ。五千二百万円だろう。これを三千万円で売ってやる。その代り、これ以下にはビタ一文まけやらん。オ
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