、ホント。常務が浄まる時にボクたちも浄まッとかないと、なんだ、不敬者だの、汚らわしいのと、うるさいからな」
とフツカヨイの坊介が頭髪を前へたらして、蒼ざめた顔をしかめた。
「ウチの常務は、寝小便をたれた後と、神様の前へでた時だけは、平伏悄然モーローとしているけれども、その他の時はガミガミ口うるさいッたら。ボクたちも一しょに浄まらなくッちゃア、身がもたないよ」
坊介、フツカヨイとはいえ、さすがに芸術家である。胸に秘めたライカに物を云わせたい一念、必死であった。
しかし、神様の使者は厳格であった。
「お前たちは、まだ別室で神事をうけるに至っておらぬ。お前たちが、秘書の役に立たぬにせよ、俗界と神界のことは別の儀である。それすらも、わきまえておらぬ。不敬であるぞ」
ハッタと睨んだ。
「正宗菊松、立て」
声に応じて、立ち上ろうとした。しかし、魂をぬかれたせいか、腰も、足も、フヤラフヤラと力がこもらない。彼は立とうとして、両手をつき、気があせって、ハッ、ハッと病犬のように舌をたらして息をついた。
彼は本当に神様にすがりたかったのである。寝小便も治したかったし、チンピラ大学生どもをギョッと云わせる智恵と勇気をほしかった。ありていに云えば、マニ教を蹴とばし、神様を踏んづける力が欲しかったのである。つまり、万感胸につまって、たゞ、切なく、あせるばかりであった。
彼はようやく立ち上って、よろめいた。オットット。半平、坊介、才蔵、ぬかりなくサッと立って、支えてやる。
「だから、言わないことじゃない。目もくらみ、耳もきこえやしないんだからね。心臓マヒでも起されちゃア、第一、失業問題だからね。ごらんの通りですから、ボクたちも一しょに、至らない者ですが、ついでに浄まらせて下さいな」
「まったくだね。お父さん、会社じゃア相当パリパリしてるんだけど、神様の前じゃア、カラだらしがないねえ。このたよりない様子じゃア、子供として、見棄てちゃ、いられないね。一しょに浄まらしていたゞきたいですねえ。いゝでしょう。たのみます」
神様の使者はつぶさに観察して、正宗菊松のダラシなさ、いさゝか呆れもしたが、けっして狂言のたぐいではないと見た。けれども、神界は厳格なものである。彼は白衣の若者たちを目でさしまねいて、正宗菊松を支え、半平たちから距てさせた。
「たとえ俗界にいかようなツナガリがあっても、霊
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