そうか、仕方がねえ、とつぶやいて、サルマタ買いにでた様子。半平の報せで、女中たちが跡始末にきたが、ブツクサ云わず、笑いもせず、処置をつけているらしく、その裏には半平の手際の妙があるのであろう。
「お父さん、こゝへユカタ置いときますよ。サルマタも、新しいの買ってきました。さすがに、わが社の至宝、才蔵クンは神速なるもんですよ。今度、月給あげてやって下さいな」
食事となっても、正宗菊松はひたすら黙然、顔もあげられない。
「お父さん。元気をだして下さい。ツルちゃん。キミ、お父さんの肩をもんであげなさい」
ツル子がハイと立ち上って、せッせと肩をもんでやる。ツボも心得て、ミゴトなお手並である。快感。思わず夢心地になりかけると、フッと溜息がでて、涙がにじんでしまうのである。
「ボクも、ノブちゃん、肩をもんでもらいたいね」
ハイと云って、ノブ子も半平の肩をもむ。
「アア、いけねえ。フツカヨイだ」
坊介は頭をガクガクふって、
「オイ、才蔵。オレの肩をもめよ。ボンヤリしてたって面白くもなかろう。お前の手でも我慢してやるから、若いうちはコマメにやりなよ」
「よせやい」
「ボンヤリ睨めっこしてるよりも、一方が後へ廻って肩をもむのが時にかなっているッてことが分らないかな。だから、淑女にもてない」
「うるせえな」
午前十一時。時間がきて、一同は自動車にのりこんで、スルスルとマニ教の神殿へ。
白衣の人たちに迎えられて、玄関を上ったところへ、昨日と同じように二列に並んで坐らされる。
やがて、彼方からの鈴の音が近づくと、
「ミソギイ」
と、若い女の一声。白衣の男がサッと二人立って、板戸を両側にひらくと、御幣を捧げた女と、その左右に鈴を頭上に打ちふる二人の女。いずれも白衣に緋の袴である。
サッと御幣を一となぐり、又、一となぐり。身をひるがえしてパッと去る。彼女らの去るを送って板戸の閉じた音に頭をあげると、昨日の神の使いが正面にチャンと坐っているのである。
いきなり、スックと立った。朱をそそいだ鬼の顔、ワナワナと怒り立つ肩。ダダダダと前へ踏みすゝむ気勢に、ガバと伏して、頭上に両手をすり合わせ、
「マニ妙光。マニ妙光」
正宗菊松、寝小便で魂をぬかれたとはいえ、昨日の怖しさ、これを忘れる筈はない。神の使者はダッと踏みとどまると、大きくのけぞって一呼吸、ハッシとかゞむ。
「ガアーッ」
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