を、学生、生徒とよぶのである。この新発生動物層は果して何物であるか、というのが、本篇の主人公、正宗菊松《まさむねきくまつ》氏の胸にいだいた恐怖の謎であった。実にむつかしい謎である。今までルルと述べてきた心境は、正宗菊松氏の偽らざる胸の思いで、作者の関知するところではない。
正宗菊松氏の胸の思いがここまでくると、武者ぶるいだか、恐怖のふるいだか、わけの分らぬ胴ぶるいが起って、
「よし、畜生! オレだって、やってみせるぞ。ウヌ」
蒼ざめて、卒倒しそうになる。戦闘意識なのであるが、どうも、然し、ミジメであった。勝つ人間の余裕がない。
思えば彼も終戦の次の年まで中学校の歴史の先生であった。終戦までの学生、生徒は決して謎の動物ではなかったのである。正宗菊松先生は威勢よく号令をかけて、生徒をアゴで使うことができた。今は逆であった。
彼はもう五十を越していたが、歴史の先生ではメシがくえない。学生はアルバイトなどということをやって、悠々とタバコをふかし、ダンスホールへ通っているが、先生は配給のタバコを買う金もないのである。ついに転業のやむなきに至った。そのとき、彼が見つけた広告は、
「実直なる五十年配の教養ある紳士を求む。高潔なる人格を要す。高給比類なし。天草《あまくさ》商事」
というような文面であった。高給比類なし、と並んで高潔なる人格を要す、とあるところに目をつけたのは、やっぱり、それだけの能しかない証拠であった。
「天草商事」の玄関で、先生は先ず安心した。かなり大きな三階建のビルディングを全部使っている相当な大会社である。看板をみると大変だ。天草商事の下に「天草ペニシリン製薬」だの「天草書房」だの「天草石炭商事」だのと十幾つとなく分類がある。
すでに五十年配の求職者が十人ほどつめかけていたが、みんな戦災者引揚者というウス汚れた風采で、一帳羅のモーニングをきこんできた正宗菊松先生ほど、高潔なる人格を風貌に現している者はなかったから、ウム、これはシメタ、とほくそえんだ。こゝまでは、よかった。
いよいよ彼の番がきて、社長室へ通される。大きな社長室のまんなかのデスクに、二十三四のチョコ/\した小柄の青年が腰かけている。全然青二才であるが、その左右に腰かけているのが、まったく同類の青二才なのである。
青二才の一人が履歴書をとりあげて目を通しながら、
「ハハアン。××学校
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