文和訳したが、このへんが渉外部長のあさましいところ。しかし怨みをふくんでランランたるツル子の瞳を見ると、ノンキに英文和訳などしている時ではないことが分った。
ジンの魔力によるせいでもあるが、一気にすべてを押しきった告白。清浄な処女性が透明な水滴となって怨みの上に怒りの涙をむすんでいる。アプレゲールの中毒的告白慢性症とちがって、品格がこもり、情熱と香気がみなぎっている。無趣味のサルトルも、気品に打たれてブルブルッとふるえた。
その一瞬にツル子の美しさ気高さが骨身にしみこんだというから、見かけによらぬオメデタイ男で、実にもうダラシなく感動してしまった。
「そうですか。あなたがそこまで打ちあけて下さる上は、アタクシも何を隠しましょう。御明察の通り、阿片などは富士山から箱根山をみんなヒックリかえしても、一グラムも出てきません」
「アラ、そんなこと、なんでもないわ。天草商事なんて悪徳会社はウンとだましてお金をまきあげてやるがいゝわ。とても悪漢よ、この会社は。私がお手伝いして二千万円まきあげてやるわ」
どっちが悪漢だか分らない。ひどいことになるもので、恋人のなすことは万事に超えて崇高無比に見えるのだから始末がわるい。
サルトルは感謝感激、夢|心持《ごこち》、ここで二人の心は寄りそったが、ちょうど夜が白々とあけたから、ツル子は別荘番のオバサンの部屋へ寝床をしいてもらって、ねむる。サルトルも改めて一とねむり。
目をさまして、ツル子は出社し、重役三羽烏に報告する。
「フウン、そうかい。じゃア、やっぱり、本当の話かな。だけど、どうして本当らしいと分ったの。サルトルの奴、ツルちゃんに惚れちゃったんだね。手を握ったの?」
半平は内心おだやかでないから、根ぼり葉ぼりききたゞす。
「アラ、そんなこと、なさらないわ」
「じゃア、どうしたのさ。どうかしなければ、判断のしようがないもの、そこをハッキリ云って下さいよ。ねえ、ツルちゃん」
「どんなことって、言葉だけではハッキリわかるはずありませんわ。でも、私には埋めた阿片見せて下さるって仰有ったわ。私、箱根へ行って、見てきます」
「なるほど。しかしツルちゃん、あなた阿片見たことあるの」
「いゝえ」
「それじゃア、なんにもならないや。誰か阿片の識別できる人を連れてくように頼んでくれなくちゃア」
「あからさまに、そうは言えないわ。サルトルさんは
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