を主張しうるものではない。
即ち既に中世より、古代より、かゝる善人はたくさんいた。善人尚もて往生を遂ぐ、即ち危く素懐をとげる、いわんや悪人をや。
わが罪を自覚する故に、悲愴に又勇猛心をもって悪へ踏みきる罪の子は、神前の座席に於ては善人よりも愛せられるのである。
ヤミ屋が横行する、善人が貧乏する、不思議な世だ、道義タイハイ、末世の相だというけれども、我々は今始めてそうなのではなく、元々それだけの中世人でしかなかったので、往時は電車が混雑しておらなかったから押しとばし突き倒す必要はなかった、米はいくらもあったからヤミ屋はなかった、その代り働いても食えない人間や働きたくても働く口のない人間があったが、当時はヤミをやればすぐ食えるという便利な道がないからクビでもククルより外に仕方がなかった、そういうわけで、ヤミ屋という職域がなかったからヤミ屋がいなかっただけで、ヤミ屋をやりたい人間がいなかったわけじゃない。
物資があり余ればヤミ屋はなくなるにきまっている。電車が混雑しなくなれば誰も押しとばしやしない。自然そのまゝで、人為的なところはない。タイハイでも何でもない。自然現象のようなものだ。
返事の仕方がおくれた、ちょッと言いよどんだと云って兵隊をヒッパタク、蹴とばす、そういう秩序の方がよっぽど道義タイハイじゃないか。権力によって人間を征服し飼い馴らす秩序が何物であるか。
ヤミ屋だのパンパンだのと敗戦の天然自然の副産物は罪悪的なところは殆どない。我々小人の日常には、やむを得なければ立小便もやる、急ぐ時は信号を無視してかける、ヤミ屋やパンパン程度の罪は万人が殆ど例外なく犯している。
これにくらべれば、自ら大罪を自覚して犯しながら美名をつくることを知り、法律の裏をくゞる用意を知り、権力を利用することを知り、依存することを知り、国法を利用することをも知る、政治家の罪悪などは比較にならぬ悪ではないか。
世耕事件は今日に始まるサギの性格ではない。いつの世にも、サギはあのようなものであり、政治の裏側には似たようなことが行われていた。マーケット座の親分が一千万円献金して公認候補になったという。そういう事柄がサギの母胎ではないか。サギの性格を助成するものが政治の在り方ではないか。
パンパンやヤミ屋を憎み咎める声は巷に溢れているが、かゝる政党の在り方を咒う声は殆どない。なぜであるか。権力ある者は、その子供の罪まで警官が見逃すという、日本人は昔から泣く子と地頭に勝たれぬ、権力崇拝家であり、さればこそ権力には盲目的に屈服し、したがって又、自らが権力を握れば、これをフリ廻して怪しまない。
私のところではノベツ停電するから、停電を何より怖れる私はガスもでず薪もないが電気コンロを使わせない。すると未明に私の家の塀を破って持って逃げる奴がある。まったく無理もなかろう。然し、塀を破られてはコッチも困るから、ガラリと窓をあけてコラと云ったら逃げること逃げること、私は朝まで起きているから、あんな乱暴な音をバリバリ、とたんに分る、慌てゝ盗む初心者にきまっている。窮すれば、ぜひもない。
然し、窮すれば是非もない、というので罪を犯すことは許されない。だから、犯人は雲を霞と逃げる。仕方がネエや、盗む方が悪いか、と云って私に食ってかゝりやしない。
けれども、電燈をとめているオカミの方では、石炭がない、水量がない、ないものは仕方がない、窮しているから是非もない。あたりまえだ、という。
米がない、ないから仕方がない、欠配だ、という。泥棒は居直らず逃げるけれども、オカミは居直る。狸御殿のトノサマは約束の品物を渡さないカドによってサギだというが、オカミは約束の品物をくれない、金はとらないからサギじゃないのかな、然しサギの性格で、尚その上に、自らの罪を自覚することを知らず、国民に耐乏をとき、道義のタイハイを説教することも忘れない。
役所のやることに不服があって役所へ談判に行くと、こっちは知らない、もっと上の役所からの指示だという。
軍服事件だの何々事件の連中も、私は知らない、あの人があの倉庫にあると云った、だから有るものと信じた、と云う。サギ事件、役所の役人、同じ性格じゃないか。どこにも道義など有りやせぬ。
パンパン、ヤミ屋と、オカミのやることゝ、どっちが道義タイハイしているか。
パンパンをやるには勇気がいる。ヤミ屋となるにも勇気がいる。罪や転落と戦う大勇猛心がいる。役人にはいらぬ。役所という座席に坐ることによって、罪を自覚することもいらないばかりか、わが欠配を強要し、それに服せざることが悪徳であると言うことすらできる。
私は然し、それが大罪だと云うのではない。大罪ではない。自らの罪を自覚せざる点に於て、隣組座やマーケット座と同じ罪であり、自らの罪を自覚して自
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