ない星空であつた。
 自分とは何だらう。もうそれを考へては立つ瀬がない。ギリギリのところに、ガンヂガラメにつるされ、死神を待つだけだから。

          ★

 その一夜、三人ながら熟睡したといふのは一人もなかつた。
 然し彼らは翌朝はいくらか気分が落ちついてゐた。仕度をとゝのへ、飛行機を見ると、兵隊なみにひきしまつた心になつた。
 尤も彼らはこれから出撃するわけではなくて、いつたん南端の進発基地へ行き、そこでバクダンを吊して、本格的に海を南へ消え去るわけで、その出撃は更に翌日の予定であつた。
 ところが南端の基地へ来てみると情勢が変つてゐる、敵の大船団が行動を起してゐるといふのはどうやら偵察のまちがひらしい、もう暫く様子を見ようといふことになつてゐた。
 一日生き延る思ひは豊醇きはまるもので、これがあつちの基地であつたらトキ子とひとゝきと思はぬでもないが、さうでなくとも安らかでくつろいでゐられる気持であつた。
 その翌日も、又その翌日も翌日も、命令はない。そして先の大船団はどうやら正体のない幻影だつたといふことになり、まア、お前ら遊んでゐろ、さういふことになつたが、するとそこへ八月十五日、基地は放心した。
 三人はわけが分らなかつた。
 生きた、といふ知覚。それを誰より強く覚えたのは三人であつたかも知れない。オイ、本当か、たまたま彼らは外出を許され、町の民家のラヂオをきいた。民家のラヂオは偽物の放送ぢやないかと思つたぐらゐ、日本が負けた、生きた、はりつめた気持がゆるんで、だるいやうだつた。
 真偽をたしかめに基地へ戻ると、基地ではラヂオをきいてゐない連中が多く、こつちの方が却つて半信半疑、まだ防空壕を掘つてゐる連中がゐる始末であるから、やつぱりまだ戦争か、ヒヤリと心が一時に冷えてしまつたが、まもなく連絡の飛行機の往復がはげしくなる。夕方、食堂へ行くと、泣く奴、怒る奴、吐きだす奴、笑ふ奴、負けたことがハッキリした。
 隊長の中尉が、
「イノチがもうかつたぞ。お前ら、どうする。これから、どうするんぢや、オレは知らんぞ。日本中がみんな捕虜かいな。わけが分らん。基地へ問ひ合せても返事がないから、明日基地へ帰るんぢや。そのつもりにしとけ」
「勝手に帰るんですか」
「蜂の巣をついたやうなものぢやないか。もう血迷つてるんだ。こんなところに命令まつてたら、永久の島流しぢや
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