の裏側にはいつも明るい太陽がある。雪国に忘れられた太陽は、その忘れられた故によつて、実は雪国のものなのだ。雪国に土着する素朴な農夫達の話をきくと、彼等の最も待ち遠いのは春の訪れで、長い冬が終り、始めて青空が光りはじめた爽やかな日の歓喜は忘れることのできないといふ。まだ根の堅い白皚々《はくがいがい》の雪原へとびだし、青空に向つて叫びたいやうな激しい思ひに駆られながら、とびまはらずにゐられないと言ふのである。太陽の歓喜を最も激しく知るものは、実は雪国の人々であるかも知れない。雪国の郷愁の中にはいつも南国が生きてゐるのだ。
人間に気候の影響は甚だ大きい。私は理知の言葉と同じ程度に、気候の言葉を自分の裡にききがちだ。気候の言葉が我々の裡に生きる限り、我々の理知は郷愁を否定することができないだらう。人間は気候の前では弱小である。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「女性の光 第一三巻第二号」
1937(昭和12)年2月1日発行
初出:「女性の光 第一三巻第二号」
1937(昭和12)年2月1日発行
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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