ユカタだから模様はコッテリしているが、万事コッテリの関西育ちの大山の目には、いかにも気のきいた、イキなユカタに見えた。
大山はビックリして、腕を通した片袖を顔の近くへひきよせ、やがてその裏をいそいでひッくり返して調べた。
あまりのことに、彼は言うべき言葉を失ったのである。その模様には一目ではそれと分らぬように、いかにも粋な工夫をこらして、くだん、とか、九段という文字があしらッてあるのだ。
彼はことごとく驚いた。名人位にくらべれば九段などはさしたるものではないようだが、さて九段になれば、九段は九段、人々は祝福し、彼はそれに満足であった。しかしこんな細いところにマゴコロをこめて、九段昇段を祝ってくれる旅館があろうなどと想像していなかった。誰がそのようなマゴコロを想像しうるであろうか。棋士を愛すること世の常ではない旅館なればこそであり、また好みの素ばらしさ、粋な思いつきは、天下の名士があげて集る第一流の旅館だけのことはある。
若い大山の胸は感謝の念でいッぱいになり、目がしらがあつくなりそうだった。
彼はホッと顔をあげて、思わずあからみながら、
「これ、ぼくのために、わざわざ、こしらえて下さッたんですねえ。光栄の至りです」
係りの女中は何もしらないから、いそいで自分もユカタの模様をしらべて、ああ、そうか、それじゃア棋士の好きなオカミサンが大山新九段を祝って、かねて注文しておいたユカタだったのかと思った。偶然ながら、一番手近かに置いてあったのを持ってきて、ちょうど良かったと思ったのである。
「そうですわね。オカミサンがこしらえておおきになったんですわね。ずいぶん気のつくオカミですから」
「光栄です」
小男の大山は自分の身体が二ツもはいりそうなユカタの中へ、満足に上気して、いそいで襟をかきあわせた。全身にあふれる幸福を一ツも逃すことなく全部包んでしまいたいように、アゴをすッぽり襟でつつんだ。アゴの上にユカタの襟がでていてもまだその裾をひきずりそうであったが、彼はそんなことが苦にならなかったのである。彼はモミヂにいる間、その大きなユカタにつつまれてバタ/\足をからませても満足していた。
帰るとき彼は女中をよんで、
「これ、いただいて帰っていいでしょうか。記念に持って帰りたいのですけど」
「ええ、どうぞ」
「光栄ですねえ」
彼は自分でテイネイにユカタをたたんでトラ
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