四ツあれこれ胸にたくはへてゐたのを投げだして、タヌキ屋、これでたくさんだ、お前、お金をもうけろ、もうけたお金は余が飲む、といふやうなわけで、彼はつまり、僕は飲み屋の亭主です、最も一般的な型をとることにしたのである。
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富子は結婚してみて、哲学者だの精神的だの、凡そとんでもない、タヌキ屋、なるほど、まさしく宿六は大狸だと気がついた。大狸、大泥棒、まさしく宿六は金銭の奴隷、女郎屋のオヤヂ、血も涙もない、金々々、女房にかせがせておいてお金はみんな自分のふところへ入れ、自分は毎晩大酒をのむが、富子が十円のミカンを買つてたべてもゼイタクだと怒る。二日二晩ぐらゐ怒るのだ。
哲人は実務にうといなどゝはマッカないつはり、ソロバン勘定にたけ、凡そソツがない、ちよつと料理をしても、富子も相当気転のきく女だけれどもうちの宿六にかゝつてはてんでダメで、庖丁や皿や醤油の壺の置き場所まで無駄足のないやう最短距離の心得によつて並べてあり、なんでもその流儀で、ツと云へばカと云ふ、めまぐるしいほど注意が行きとゞいて、太刀打ちができない。
そのくせ骨の髄からの怠け者で、たゞもう飲み屋の亭主
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