えなア」
 そこへ富子が瀬戸と並んでやつてきた。昔の宿六を見て、アラ珍しい人が来てるわネエ今晩は、と言つたが、富子がこの店へ瀬戸と並んで毎晩くるのは、実は昔の宿六に、二人お揃ひのところを見せつけてやりたいからだ。
 けれども近頃、富子は再び貧乏が身にしみてゐる。十万円握つて瀬戸のところへ駈けつけたまではよかつたが、宿六が追ひかけてきて取り戻されては大変と、温泉へ瀬戸を誘つて豪遊したから忽ちにして文無しとなり、伴稼ぎを始めたが、瀬戸の飲み代で青息吐息、ちつとも面白くない。一緒に飲みにくるのは、昔の宿六に見せつけたい魂胆の外に、三杯ぐらゐで切上げて帰らせるためだが、すると美学者は途中で富子をまいたり、引ずつたり引ずられたり、なぐつたり、なぐられたり、もう一軒、もう一杯と立ち寄つて、とゞのつまり家へ戻ると、ひねもす喧嘩に日を暮してゐるなどゝは、誰も知らないだけの話なのである。富子は肚の中では、どうしてかう宿六運が悪いのだらう、今度はあの絹川といふ色男のところへ押かけてみようか、いつそ社長のハゲアタマの二号に押しかけてみようか、色々と考へてゐる。
 最上清人はポケットから手帳をだして調べてゐた
前へ 次へ
全163ページ中59ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング