る。仏教に於ては孤独なる哲人を声聞縁覚《しょうもんえんがく》と言ふです。彼等は真理を見てゐるが、人を救ふことを知らんです。よつて、もつぱら自分を救ふ。何によつて救ふかといふと、死によつて救ふ。真理をさとる故に自殺するです。それは死にますよ。人間は生きてるんだからな。生きてるてえのは死ねば終るから、真理を見れば、死ぬ。死ぬてえぐれえ真理はねえや。つまらねえもんだよ、真理てえものは。そこで、これぢやアいけねえな、といふので、印度に於ては菩薩といふものが現れた。これは色ッポイものだ。孤独なる哲人はいけねえといふので、菩薩の精神はもつぱら色気です。人を救ふといふのは、これ即ち色気です。人生は色つぽくなきや、いけねえ。色ッポイてえのは何かといふと、男ならば女を救ふ、女ならば男を救ふ、これ即ち菩薩です。浮気てえものは菩薩なんだ。たゞあなた、金をしぼらうとか、女をものにしようとか、それは印度の孤独なる哲人の思想ですよ」
「考へなきや、いゝんだよ。そんな風に考へて、言つてみたいのかね。言葉なんてものは考へるために在るんぢやなくて、女を口説いたりお金をもうけるために在ればいゝのさ。死なんてものは、言葉の
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