常にそれを言つとる筈ではありませんか。金の在る無しによつて、人生は全く別な二つの世界に分れます。然し、なんだなア、最上先生みてえに、金々々つて言ひながら、毎日毎日、たゞもう飲んだくれてゐるてえ心理は分らねえ、先生はどうも偉すぎて、何を考へてゐるんだか、手がとゞかねえ。然し、彼は、実際に於て、日本随一の哲学者です」
富子もその日は朝から心境がぐらついてゐた。出て行けと言はれて以来ひどく不安になつたので、出て行くことゝ、出て行けといふことは、結果に於ては出るといふ同じ事実に帰するけれども、これを受けとる心持には大いに差があり、出て行けと言はれる、なんとなく不安だ。
うちの宿六はたゞ金銭の奴隷なのだから千客万来がモットーで、ちらと見た広告の文案も美人女給「数名」とある。こんなチッポケな店へ数名は無茶だが、宿六は実際さう考へてをるので、なんでもかでもエロサービス、ついでに自分も数名から代りばんこにサービスを受けるつもりに相違なく、富子が出て行く方がまつたく万事宿六の方には都合がよい。
一方よければ一方悪しと云ふ通り、出たあとの富子の方はどうも分が悪い。えい、ヤケだ、とか、どんな苦労でも、
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