リが羽をひつかけて斧をふりあげて苦闘し、片股に油蝉がかゝつてゐる。中心の局所に蜘蛛が構へて目玉を光らしてゐるのである。
ちやうどそこへ来合はせたのが、更生開店と知つて二人の友達をつれてきた倉田博文で、ヤア、コンチハ、開店早々にしちや賑かぢやないか、アレ、お客は御主人自らか、新戦術てえところだね、と言ひかけて名題の大達人も立ちすくみ言葉を呑んでしまつたが、娘はそのとき目をあけて新客どもをジロリと睨んで、
「チェッ、バカにするない。拝んで、目を廻すがいゝや」
やうやく裾を下ろして卓にうつぷして、
「ねえ、旦那、ダンの字、私を馬鹿にしちやいけませんよ。私は一生失恋するんだ。いゝかい、私は承知の上なんだよ。私はね、失恋するために、それを承知で、生きてるんだよ。見損ふな。誰にだつて、ふられてやるから。ネエ、ちよいと、ふつておくれよ。意気地なし」
「ごもつとも、ごもつとも。分ります、その気持は。私も賛成、失恋すなはち人生の目的なんだな。この人は苦業者です。しかし、うらむらくは、苦業者こそホガラカでノンビリしなきやならないものだといふスタイル上の手落ちに就てお悟りにならない。この方のお名前は? ヨシ子さんですか。ヨッちやんだな。ヨッちやんや。あなたは美人だなア。私はさういふ顔が好きなんだ。腹のイレズミも見事だけれども、あなたの顔には及ばない。ネンネはよしませう。オッキして、ホガラカに飲みかつ談じようではありませんか」
と倉田が肩に手をかけるのを、押しやつて、
「よくしやべる奴ぢやないか。おしやべりする奴、きらひだい。さうでもないや、おしやべりする人、私や好きなんだよ」
顔を起して倉田を見定めてゐたが、
「あとで一緒にのむからね。ちよつと、ねむるよ。あんた、バカにしちや、だめよ。知つてるからさ。いゝとも、ふられてやるから。ちよいと、あんた、手をかしてよ」
倉田の手を握つて、ねむつてしまつた。
ヨッちやんは陰毛がなかつた。そのはづかしさを思ひつめ、強迫観念になやまされたが、友達の話にヒントを得てひそかにイレズミをやつた。結婚して追ひだされ、いつからか酔つ払ふと親の前でも御開帳をやるやうになつたといふ話であつた。
「それは悲痛な話ぢやないか。然しそれ故これをそのまゝ悲痛と見たんぢやいけない。オバサンの曰く、ギセイ、それです。私もまたギセイと見ます。運命のギセイ、その意味ぢや
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