、かうたくさん大将に儲けさせる手はないからカストリのお通しはもつぱらコック氏のカンカラカンから捻出して、大将の所得は平均してお通し十人前、といふところ、これでも昔日の比ではない。
 最上先生ほくそゑんで、まア、これぐらゐにいけば一日に純益千五百ぐらゐあり、女給の給料や諸がゝり差引いて千円は残るから、毎日のんだくれてもカストリで我慢してりや一年に十万ぐらゐ残るだらうと、計算してゐる。
 ところがお店の連中の儲けはそれどころぢやない。先づコック氏はカストリの純益千八百円、女人達は九百円づゝ、これにカストリのお通しが平均して一日に二千円あつて、これをコック氏も入れて八ツに割り、結局コック氏二千円、女人連千円余、それに女人連にはチップがあり、コック氏にはハキダメの屑の上りがあつて、おまけに給料も貰ふのだから、大将よりも利益をあげてゐるのである。
 かうなるとコック氏の人気は素ばらしい。富子は自然お金がもうかつてみると、無理矢理ハゲアタマの二号になることはないのだから、コック氏みたいなたのもしい人物と一緒になつて今の宿六をギャフンと云はせてやりたいと考へた。女人連は女人連で各自浮気にいそしんでゐるが、さて浮気といふものも、やつてみると、さのみのものぢやアない。もつと何か心棒のある生活がしてみたい。この男ならといふので、それぞれコック氏に色目を使ふ。
 然しさすがにコック氏は倉田大達人の弟子であり、浮気などは女房と同じぐらゐつまらぬものだと知つてゐる。目先の浮気などよりも、一城一国のあるじ、国持の大名になるのが大功なんだと、彼は齢が若いから理想主義者で、倉田が自ら考へながら為し至らざる難関を平チャラに踏みこす力量を持つてゐた。
 彼は観察して、オコウちやんの人気は抜群であり、愛嬌もお客のあしらひも、金勘定のチャッカリぶりも、顔も姿も第一等で、浮気心もまだ知らない。そこで白羽の矢をたてゝ談判すると、オコウちやんも彼の手腕に魅了されてゐるところだから、意気投合、然し利巧な二人だから、誰にさとられることもなく、資金ができ、マーケットの一劃に店をかり、大工を入れて万事手筈がとゝのひ、愈々開店となつてお客に発表、手に手をとつて消えてしまつた。
 カストリの卸元が引越したから、残された女人連だけでは、あとが続かない。お店のお通し付きばかりでは元より商売にならない。そこで旬日ならずして、他の
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