りませんか。あゝいふ人物とちよつと昼間かなにか二三時間うち合せておいて、よろしくやつてくるのですな。亭主が疑つたら、そんなこと大嘘と言ひ張るのです。現場を亭主につきとめられて布団の中で二人でねてゐるところを見つけられても、嘘よ、と言ひ張るのです。徹頭徹尾知らぬ存ぜぬと言ひ張るのが浮気のコツなんですな。お金といふものはそんな風にして稼ぐもんです。そして可愛いゝ男に飲ましてやるんですな」
倉田の忠告はたつた一日遅すぎた。却々《なかなか》倉田の報告がないので、清人は富子を追及した。富子はムカッ腹をたてゝ、もう堪らなくなつて洗ひざらひ叩きつけて、私はもう瀬戸とカケオチするんだと言つてしまつた。
よし出て行け、今晩必ずカケオチしろ、さう言ふと富子の横ッ面をたつた一ツだけ叩きつけておいて、いきなり万年筆を持ちだして紙キレへせかせか何か書きだした。おやおや、これが三下り半といふ奴かと思つてゐると、さうぢやなくて、美人女給募集といふ新聞広告の文案だ。これを握つて物も言はず五六杯お酒をひつかけて新聞社へ駈けて行つた。
「そりやまづいな。好きな人があるんだなんて間違つても亭主に言ふもんぢやありませんや。第一あなた、カケオチなんて、こんなバカバカしいものはありませんや。亭主なんてえものは何人とりかへてみたつて、たゞの亭主にすぎませんや。亭主とか女房なんてえものは、一人でたくさんなもので、これはもう人生の貧乏クヂ、そッとしておくもんですよ。あなたも然し最上清人といふ日本一の哲学者の女房のくせに、あの男の偉大な思想が分らねエのかな。惚れたハレたなんて、そりや序曲といふもんで、第二楽章から先はもう恋愛などゝいふものは絶対に存在せんです。哲学者だの文士だのヤレ絶対の恋だなんて尤もらしく書きますけれどもね、ありや御当人も全然信用してゐないんで、愛すなんて、そんなことは、この世に実在せんですよ。それぐれエのことは最上がしよつちう言つてる筈なんだがな。へえ、一日に三言ぐれエしか喋らないですか。もう喋るのもオックウになつたんだな。その気持は分るよ、まつたく。最上も然し酒ばつかり飲んでゐて、なんだつて又浮気をしないのかな。あなたにも最上にも私からそれぞれおすゝめします。そしてあとは私の胸にだけ畳んでおきますから、御両人それぞれよろしく浮気といふものをやりなさい。浮気といふものは金銭上の取引にすぎんです
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