金とりに日参させ、現金でなければ飲ませないと言明せよと脅迫する。まつたく脅迫で、一度でも借金したら、必ずさう言明しろ、借金の支払はれるまでお前の食事を半分に減らせとか、お風呂へ行く小遣ひもくれない。
 けれども富子はなんとかして瀬戸には毎晩来て貰ひたいから、この借金は清人に知らせたくない。清人は深夜に帰つてくるから店のことは知らないが、朝目がさめると前夜の酒の減り方をしらべて売り上げと合はせ、綿密に計算してみぢんもごまかす隙がないから、富子はどうしても外のお客に高く売つてツヂツマを合せたいが、瀬戸の酒量が大きすぎて、とても埋合せがつきかねる。
 スタンドだからチップを置くといふ客もすくなく、おまけに清人が小遣ひをくれず、チップを稼げ、それが腕だ、それで小遣ひをこしらへろ、酒場で働く女のくせに遊んで暮すチップもかせげない奴はバカだと言ふ。一晩に千円のチップを置く奴には接吻ぐらゐさせてもいゝし、一万円おく奴には身をまかせてもいゝ。その代り、接吻と身をまかせたチップは俺が貰ふ。なぜなら俺は亭主だから、女房の貞操を売るのはお前でなくて俺なんだから、と言ふ。清人は相当チップがあるものと考へて、時にはヘソクリを見せろ、少し貸せなどゝ云ふけれども、富子のチップは意外に少く、一月分を合せても瀬戸の一夜の飲み代の半分にも当らぬぐらゐ、そこで万やむを得ず外のお客に法外の代金をつける。それでお客がめつきり減つて、もうゴマカシがつかなくなつた。瀬戸一人の借金を十人ぐらゐの名前にわけて宿六の罵倒脅迫暴力を忍んでゐたが、急に借金の客がふへる一方、売上げがぐんぐん減るから、もとより清人は人一倍鋭敏、これは臭い曰くがあると思ひ、自分は知らぬ顔をして、旧友の一人にたのんで、お客に化けて行かせ様子を見て貰ふ、この旧友が然るに意外のその道の達人で、五日通ひ、瀬戸も絹川の顔も見て、なぜ客が減つたか法外な値段の秘密、みんな隈なくかぎだした。然し胸に一計があるから、すぐさまこれを打ち開けなかつた。
 富子はもうセッパづまつてゐた。宿六には秘密で誰かに身をまかせてお金をかせいでごまかすか、瀬戸とカケオチするか、瀬戸に心がひかれるけれども、絹川の男つぷりも捨てられないところがある、といふやうな気持もある。
 瀬戸はいさゝか酒乱で、泥酔すると、狂暴になるとき、陰鬱になるとき、センチになるとき、皮肉屋になるとき、意地
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