升ビンを掴みだして極めて事務的に寝酒をのみ、極めて事務的にヨッチャンをだく。それも亦ビヂネスであつた。即ち肉体のつながりによつて、女中ではなく、ウチの者であり、無給にコキ使ふことができ、行動を制限し、命令し、食べ物を制限することもできる。不満なら出て行け、と言ふ。一方がおのづから時代の英雄だから、一方はおのづから奴隷で、近代人の絶えて現実に知り得ない奴隷女といふ無人格な従属物を知るに至つた。それに対して血も涙も意識する必要がない物品といふ意味だ。
 すでに昼すぎる頃からコーヒーといふウヰスキーを飲む餓鬼、ソーダ水の酒を飲む餓鬼、これはもつぱら馬小屋からの落ち武者で、実は単に酒餓鬼の足軽にすぎない。夜になると、奥の茶の間で会社の饗応がある、ブローカーの商談がある、一組小は一万円から大は三万五万ぐらゐ遠慮なくチョウダイする。ウヰスキー一ビン四千円で飲ませるから闇会社の十人ちかい商談になると忽ち五万円ぐらゐになる。高すぎると思つても、二度と来てくれなくていゝよといふ顔付の威厳はテキメンで、時代の英雄、千鬼もおのづから足下に伏す有様である。二週間もたつと又ノコノコ性こりもなく現れて、徒に足下にひれふして引きさがる。苦笑、軽蔑、然しそれよりも虚無と退屈であつた。彼はまつたく不機嫌なメフィストフェレスであつたが、いくつ買つても忽ちふくらんでしまふ大きな財布をどこへ秘めるかといふ最も不機嫌な心労によつて、更にひねもす不快になるのであつた。
 あるとき、この界隈のパンパンの姐御がお客をつれて飲みにきた。それからといふもの、姐御の身内のチンピラ共が時々カモを酔はせに連れてきて、着物をねだつたり、お金をせびる。度重なるうちに、ホテルへしけこむのが面倒くさくなつて、
「ネエ、ちよいと、マスター。奥のお部屋、ショートタイム、百円で貸してよ」
「一枚ぐらゐの鼻紙で魔窟の代用品に使はれて堪るものか。すぐ裏にインチキホテルがあるぢやないか」
「ショートタイムぢや一々ホテルまで面倒よ。あいてる部屋がたゞお金になるんだもの、私たちのカラダだつてその要領だもの、それが時代といふもんだけど、このマスターも案外わからず屋なんだなア。カンサツなしで稼げるものは遠慮なく稼いでおくものよ。どうせあんたの商売はモグリの酒を売つてるんぢやありませんか。ヤミの女もヤミ商売もおんなじこつた。共同戦線をはらうよ」
「よし
前へ 次へ
全82ページ中54ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング