サマだの神社なぞはなんでもかまわねえ、大事なのはお祭でいゝというのが桐生のギオン祭発祥の縁起ではないかと私は結論するに至ったのである。とにかく神社がないのに底ぬけのお祭をやってるところは、ほかに類がないように思う。
山の娘たちとラジオ
夏に仕事ができなくなるのが例であったが、今年は人のすすめで大半伊香保ですごしたせいで仕事ができた。
一般に山中の温泉は山また山にかこまれた谷川沿いにあるものだが、伊香保は山の斜面にあって前面は空間のひろがりだから、はるばる空を渡って流れこむ風がさわやかだ。その代り町全体が石段の斜面だからデブの私には町の散歩が苦手だ。車で榛名湖へ行って歩くのが仕事のあとのたのしみであった。かん木ばかりのせいか、榛名は山の道も湖もきわだって明るいのが特色だ。
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仕事のあいまに家から生後一年の子供をよぶ。子供は温泉で遊ぶのが好きだ。ある日宿の水差しのフタをオモチャに遊んでいてこわしたので女中にわびると、女中が言下に「ハア、先日水差しの下の方をこわしたお客さまがありましてね、ちょうどよろしゅうございます」
と言った。あまりのことにメンくらったが、窓から吹きこむ山の冷気にもましてそう快でもあった。
こういう海からはなれた温泉地や私の住む桐生などでも今年の特色はマグロのややマシなのがフンダンにあることだ。去年など桐生ではお祭の時でもなければ本マグロが見られなかった。今年は常に本マグロがある。田舎がマグロを食う年らしい。私もガイガー計数管を信用して大いに食っているのである。伊香保では一晩だけだったが、すてきなトロにめぐりあってお代りした。
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桐生で生きている魚がたべられるのはウナギのほかには夏のアユだけだ。したがって夏の来客へのゴチソウはもっぱらアユだ。去年から桐生川にヤナができたので、ヤナから直接買うことにしたが、焼くとサンマのようにアブラが強くてモウモウと黒煙がたつ。食ってみるとほとんどアユの香がない。へんなアユだが、仕方がないので、友人には
「桐生のサンマアユというやつでね。日本一まずいところが値打なんだ。モウモウとケムがでてアユの香のしないのが珍しい」
といってすすめた。友人たちも食ってみて
「なるほど珍しいアユだ」
とおもしろがってくれた。私は考えたのである。桐生川の川底の
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