ろで詩人を解したわけでもなく、まさしく詩を読むことだけが詩人を解す方法なのだ。小林は詩を解す、といふ。然り、鑑賞はそれだけでよい。鑑賞家といふものは。
然し、こゝに作家といふものがある。彼の読書は学ぶのだ。学ぶとは争ふことだ。そして、作家にとつては、作品は書くのみのものではなく、作品とは又、生きることだ。小林が西行や実朝の詩を読んでゐるのも彼等の生きた翳であり、彼等が生きることによつて見つめねばならなかつた地獄を、小林も亦読みとることによつて感動してゐるのだ。
仮面を脱げ、素面を見せよ、といふことはそれを作品の上に於いて行つたから罰が当つただけで、小説といふ作品の場合に於いては、作家は思想家であると同時に戯作者でなければならぬ。仮面を脱いで素面を見せることは小説ではない。これを小説だと思へば罰が当るのは是非もない。然し作家の私生活に於いて、作家は仮面をぬぎ、とことんまで裸の自分を見つめる生活を知らなければ、その作家の思想や戯作性などタカが知れたもので、鑑賞に堪へうる代物ではないにきまつてゐる。
小説は(芸術は)自我の発見だといふ。自我の創造だといふ。作家が自分といふものを知つてしまへば、作品はそれによつて限定され、定められた通路しか通れなくなる。然し本当の小説といふものは、それを書き終るときに常に一つの自我を創造し、自我を発見すべきものだ、と、これは文学技師アンドレ・ジッド氏の御意見だ。ちなみにジッド氏は文学に通暁し、あらゆる技法を心得、縦横に知識を用ひ、術をつくし、ある時は型を破つて、小説をつくる技師であるが、本当の小説家だとは私は思つてゐない。ジッド氏が自身の小説に於いて、自我を創造、発見したか、私は疑問に思つてゐる。
わが教祖、小林氏も芸術は自我の創造発見だと言ふのである。紙に向つた時には何もない。書くことによつて、創造され、見出されて行くものだ、と言ふのだ。私も大いに賛成である。
然し、紙に向つて何もないといふことは自分に就いて何も知らないといふことではない。ある限度までは知つてゐる。自分といふものをある限度まで知悉しない人間が、小説を書ける筈のものではない。一応自分といふもの、又、人間といふものに通じてゐなくて、小説の書けるわけはないのだ。尚、そのうへに発見するのであり、創造するのだ。なぜなら、作家といふものは、今ある限度、限定に対して堪へ得ないといふことが、作家活動の原動力でもあるからだ。
モオツァルトの作品は殆どすべて世間の愚劣な偶然な或ひは不正な要求に応じてあわたゞしい心労のうちになつたもので、予め目的を定め計画を案じて作品に熟慮専念するやうな時間はなかつたが、モオツァルトは不平もこぼさず、不正な要求に応じて大芸術を残した。天才は外的偶然を内的必然と観ずる能力が具はつてゐるものだ、と言ふ。それはモオツァルトには限らない。チエホフの戯曲も不正な要求に応じて数日にして作られ、近松の戯曲もさうだ。ドストエフスキーも借金に追はれて馬車馬の如く書きまくり、読者の嗜好に応じてスタヴロオギンの歩き道まで変へて行くといふ己れを捨てた凝り方だ。いかにも外的偶然を内的必然と化す能力が天才の作品を生かすものだ。
然しながら、作品に就いて目的を定め計画を案じ熟慮専念する時間がなくとも、少くとも小説作者の場合に於いては、一応人間に通じてゐることは絶対の条件であり、人間通の裏附は自我の省察で保たれるもの、そして常に一つの作品を書き終つたところから、新らたに出発するものだ。一つの作品は発見創造と同時に限界をもたらすから、作家はそこにふみとゞまつてはゐられず、不満と自己叛逆を起す。ふみとゞまつた時には作家活動は終りであり、制作の途中に於いても作家をして没頭せしめる力は限界をふみこし発見に自ら驚くことの新鮮なたのしさによる。
生きた人間を自分の文学から締め出してしまつた小林は、文学とは絶縁し、文学から失脚したもので、一つの文学的出家遁世だ。私が彼を教祖といふのは思ひつきの言葉ではない。
彼はもう文学を鑑賞し詩人を解するだけだ。歴史の必然とか人間の必然といふ自分勝手な角度によつて、彼はもう文学や詩人と争ひ、格闘することがないのである。争ふとか格闘するといふことは、自分を偶然の方へ賭けることだから、彼はもう偶然などは俺にはいらないといふ悟りをひらいてゐるのだ。詩人のつとめて隠さうとし忘れようとしたものを暴くのは鑑賞のためや詩人を解するためではなく、自分の仮面をはがさうとする同じ働きが他へ向けられただけのことで、普遍的な真理といふやうなものを暴くんぢやない。仮面を脱ぐといふことも真理を暴くといふのぢやなくて、たゞさうせずにゐられぬからだといふやうな罰の当つた苦悩格闘、そんなものはもう小林には用はない。
常に物が見えてゐる。人間が見
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