先の神前で云い交すとは話の外だ。
田舎の人々の高声は隣室まで筒ぬけだった。そして、否応なくそれを聞いてしまった光也は尚さら絶望的であった。
その娘はセムシでビッコであるばかりか、一目見ただけで胸騒ぎがするような特別の顔をしていた。鼻も、頬も、顎もとがり、顔全体が一握りほどの小ささで、蒼ざめているのであった。
光也はその娘と云い交した事実はなかった。神前で行われたことだから、いくらでも堂々と否定できると考えたが、キャラメルをもらったことや、つい今しがたまで再会を切望して泣きたいような気持だったことを思うと、云い交したということがイワレのないことでもないと考えられて切なくなってしまうのだ。
「光也! 光也!」
父は腹を立てて、子供をよんだ。光也は是非なく二人の前へ坐った。二人に問いつめられて、ジッと十分間も石のように考えたあげく、
「言い交したとは思いませんが、そう云われても仕方がないかも知れません」
「なぜ仕方がないか」
彼の父は腹を立てた。
「明日、学校へ行ってから、考えてみます」
「何を考える」
「言い交したか、どうか、考えてみます」
「考えなくとも分るだろう」
「クラヤミのことだからな。ゆっくり考えた方がいいぞ」
郵便局長はニヤニヤ笑って云った。それからドッコイショとミコシをあげて帰ったのである。
翌朝光也がバスのあるところまで一里ほどの山道を歩いて行くと、
「オーイ」
木陰から郵便局長が現れて呼びとめた。そのかたわらに小さな動物がうごめいたが、それが娘であった。
娘は尖った顔の中でそれだけがくぼんでいる目を大きく見開いたが、全然そこには情熱もなく、物を云う目でもなかった。
娘はやせた手をワナワナとフトコロへ突ッこんで、キャラメルの大箱をとりだした。それを黙って差しだした。光也が片手を差しだすと、その掌へ振らせた。やっぱり指は冷めたかった。
「よーし。これで、すんだ。よかった。よかった。着いたら手紙をよこせ。切手代はまけてやるぞ」
郵便局長は大声ではしゃぎながらドッコイショと娘を背負った。
「病気ですか」
「そうだ。恋わずらいだ」
娘を背負って、スタスタ歩き去ってしまった。
バスの中で、もらったキャラメルのフタをあけようとすると、字が書いてあった。
「あなたのお帰りの日まで生きられないでしょう。芳子」
見覚えのある字であった。
「フー
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング