らないが、見張りの鶴には顔に見覚えがあった。隣村の高校生だ。
けれども、それを云うと巡査の行為をしたことになってしまうという不安が彼を捉えてしまった。彼の全身からまた冷汗があふれだしていた。
「逃げた五人を探して下さい。そうすれば、みんな分ります」
彼は一生懸命にそれをくりかえした。
「よーし。片ッぱしからフン縛って、キサマも当分懲役だ」
呪いの言葉をのこして、母と娘は立ち去った。
この話はたちまち村中にひろまった。その結果、逃げた五人連れの学生を見たというものが現れ、どこの誰それがその一人だったというようなことから、五人の真犯人はつかまった。しかし、それまでには半月ほどの時日を要したので、光也はその期間受難の生活をしなければならなかった。
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この山中に昔から里人の信仰あつい神社がある。今は県社であるが、大昔の神名帳では大社になっているそうで、この辺の豪族だった国ツ神を祭ったものではないかと考えられている。
光也の家は代々その神官であるが、実は祭神の子孫であるとも伝えられている。もっとも、確実な史料があってのことではなく、彼の家に伝わる系図というものも、その必要があって百年前ぐらいに製造したらしい怪しいシロモノであった。
神様の子孫とは云いながら、特に里人の尊敬を受けているわけでもなく、彼の一族が晴がましい思いをするのは、年に一度のお祭の時だけだ。
この山中では常時オサイ銭があがるということはなく、神社で生活はできなかった。終戦後の現象ではなく、ずッとそうだった。したがって、彼の家の本当の職業は農である。それも中農と小農の中間ぐらい、むしろ小農に近いぐらいの農であった。それと神社の収入を合せて、どうやら子供を大学までやることができたのだ。
だから光也が学校で学んでいるのは、神社に縁のある学問ではなく、農科であった。今のところ、彼の家のものか、神社のものか、村のものか、ハッキリしない山林があって、その一部はどうやら彼の家の財産に分けてもらえそうになっている。将来その山林に光也の新しい農業知識を役立てようというわけだ。
彼の父はふだんはただの百姓だが、さすがに事があると神様の遠縁らしい威風を示す習性をもっていた。倅《せがれ》の暴行事件が起ったときには、年に一度のお祭にも見せたことのない高揚した威厳を示した。
「お前はきっと犯
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