。ぼんやり考えごとをするとき、タバコふかすのよ」
「一本おくれ」
「あんた、立派なミナリしてるけど、お金ないのね。さっきの二千円も、あんたのお金じゃないでしょう」
「御説の通りさ。礼装乞食というんだな。電車賃まで北川君にオンブしているのさ」
「酔ッ払い!」
 ルミ子は小さく吐きすてるように叫んだが、顔にはなんの表情もなく、悠々とタバコをふかしていたが、
「梶せつ子って、兄さんの世界中でたッた一人の女なのよ。十年昔から、思いつめて成人したのよ。凄腕の大姐御らしいけどね。兄さんには、小鳩か天使のようにしか見えないらしいわね」
 しばらく無心に煙の行方を見つめてから、
「毛皮やウールの最高級の流行服を身につけてね。首輪、耳輪、腕輪もつけてるのよ。四、五十万のものを身につけてるらしいわね。それでいて兄さんの乏しいサラリーからお小遣いたかるのよ。兄さんのドタ靴とボロボロの靴下見たでしょう。姐御にたかられてしまうから、靴下一足買うことができないのよ。あんたも、似てるわよ。どうも、ミナリのパリッとしたのは、変な世渡りしてるらしいわね」
 こう言ったが、咎める表情が浮かんだ様子も見えない。のんびり、チ
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