言われなくとも、この場の当然な疑問であった。狂人? 色情狂かな、と思わざるを得なかったほどである。
「私は十年間、大庭さんにとっては、心の太陽でした。しかし、罪の意識は太陽に叛かせもするのです。その歪みをただすためには、私が身を落してさしあげなければなりません。使徒は受難しなければならないのです。福音と真理のために」
大袈裟すぎるので、放二はふきだすところであった。
「大庭さんのお宿おッしゃい!」
「それも受難の宿命かと思いますが」
と、放二は思わずクスリと笑って答えると、礼子は澄んだ静かな声で、
「私というものを失っては、大庭さんがお気の毒とは思いませんか」
その自信は、使徒の安定を示しているようにも思われた。
五
放二は廊下で礼子に別れて部屋へ戻った。青木はそれと察したらしく、
「あの奥さんは?」
「いまお帰りになりました」
「君をよびだしたのは、お金を貸してくれというのだろう」
「いゝえ、そんな話はありませんでした」
「え? ほんとかい?」
青木は慌てて立ち上って、
「君、すまないが、千円かしてくれ。あの奥さんはお金を持っちゃいないんだ。鎌倉へ帰るぐ
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