カラ笑った。冷めたい汗がしたたるような蒼ざめた顔で。
「君は梶さんのチゴサンかい」
 青木のカンは鋭い。

       四

「じゃア、明日一日中、ぼくを君の社へ詰めさせてくれよ。梶さんの訪れを待つために」
「ええ。どうぞ」
 梶せつ子は放二の社へは訪ねて来ない。別の所で会う約束だから、放二はこだわらなかった。
「それから、大庭君にも会わせてもらいたいのだ。是が非でも、たのむよ。拝みます。この通り」
「お気持はおつたえしますが、先生の御返事はぼくには分りかねます」
「大庭君はいつまで東京にいるの」
「あと三四日で、お帰りです」
「なア、北川さん。ぼくは、もう、今夜は君のソバから離れないぜ。君のうちへ泊めてくれたまえ。それがいけなかったら、ぼくの宿へ泊ってくれたまえ。もう、こうなったら、はなすものか。君こそは、わがイノチの綱ですよ。君またワレに憐れみを寄せたまえ」
 青木は必死であった。
 放二はうなずいて、
「ぼくのアパートでよろしかったら。おかまいはできませんが」
「ありがたい。実に、君は心のやさしい人ですよ。君の善良な魂すらも疑るような、ぼくの泥まみれの根性をあわれんでくれたまえ
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