書いてあるわ」
「知らなかったな。そんなことが、あるのかなア」
「若い者ッて、年長の人に心の悩みを打ちあけないもんよ」
と、数え年十九の隠者は体験をヒレキして、夢見るような、あどけない目をした。
「アベコベねえ。リュウとした凄いようなミナリの女が、ドタ靴の男のなけなしの給料を貢がせるんだから」
そして、又、こうつけたした。
「そんなものだわ、人生は。妙なものなのね。私たちだって、男を喜ばすために稼ぐ気持になることもあるわ。好きになッちゃったら、ハタからはミジメなものね」
「君も経験があるのかい」
「私は、ないわ。でもね。男の人をダメにしたことがあったわ。私はね、なんでもないと思ってるうち、そんな風になったの」
この子のために三人の男が死んでるという、それを長平は思いだしたが、ルミ子の澄んだ目になんのカゲリも見えなかった。
長平は朝早く目をさました。ルミ子はよく眠っている。目をさます気配もなかった。
部屋の片隅にころがっているルミ子の日記帳をとりあげて、ひらいてみると、誰々にタテカエいくら、誰々からカリ、誰々から返金。日記の文章はどこにもなくて毎日の記事は貸借のメモだけだった。
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