心をひかれて、
「君、わざと気をつかってくれたのかい?」
「え?」
「ぼくをビックリさせないために、わざと悠長な話し方をしたのかと訊いているのさ」
「ハッハア」
穂積は雲をつかむような笑い方をした。わざととぼけているのかと思うと、苦りきって、
「当節、人のことで気をつかっちゃいられませんよ」
「へえ。なぜだい?」
「ハッハア」
また、雲をつかむような笑い方をした。
「ですが、人生は、事もなく、また、若干、多忙ですな」
「なんのことだい」
「とにかく、人間というものは人の噂をしたがるものですよ。他人の身の上は多事多端ですな。そして当人だけは、事もなく、わが身に限って何一つ面白いことが起らぬような気でいるものですよ。そのくせ、あらゆる人間が人の話題になるような奇妙な身の上をしているのですな」
「なるほど」
まったく、人生はそんなものかも知れない。彼自身にしても、梶せつ子と関係をもつに至った一夜の出来事などは、人の絶好な話題になるものであろう。しかし当人には、さしたる事ではない。今後せつ子と同様な機会が起らなければ、あの一夜は、単に過去という無の流れに没し去っているにすぎない。似た機会
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