目を放そうともしなかった。
「こちらは大庭先生です」
 と放二が一同に披露すると、ルミ子は目をあげて、ニッコリした。
「当ったわ。そうだろうと思っていたわ」
「本から目も放さずにかい」
 オデン屋のオヤジがひやかすと、
「そこが職業の手練なのよ」
 とルミ子はカラカラ笑った。

       七

 酒宴はそう長くはつづかなかった。女たちは食べるだけで、酒をのまなかったし、男たちは量をすごして、開宴前から疲れていたから。
「もう、かえろうッと。ごちそうさま」
 ルミ子が立ちかけた。彼女だけが、このアパートに自分の一室をもっていた。ルミ子が立ちかけたので、オデン屋のオヤジも腰をうかして、
「オヤ。二時ちかいね。私も帰らなきゃ」
「お疲れでしょう。ザコネなさらない」
 と、放二がさそったが、
「カアチャンが心配するからね」
 立ちあがって帰りかけたルミ子は、オデン屋が腰をうかしての会話に、ふと気がついたらしく、
「オジサン。私んとこへ泊ってかない。安くまけとくわ」
「商売熱心な子だね。親類筋を口説いちゃいけないよ。これだからマーケットは物騒だって、ウチのカアチャンが心配するはずだ」
 ルミ
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