が野中さんに対して偽る気持をもたないこと、野中さん御夫妻へのぼくの偽りない友情を信頼していただきたかったからです。かりに、ぼくの周囲の方々が、お二方のお気にさわる態度を示す場合にも、ぼくの友情は信じていただきたいと思ったからです」
エンゼルは苦笑した。この男を買いかぶっていたようだ。酔っ払ってもいたし、パンパンアパートの雰囲気が一風変って異様でもあるから、買いかぶってしまったが、この男の底が知れてみると、あの雰囲気も別に異様ではないようだ。つまり一番グズな人間どもが、グズ同志よりあつまって、センチなママゴトみたいなことをしているのだろう。記代子はバカそのものであるが、この男はそれに輪をかけたウスノロかも知れない。
エンゼルは大庭長平について、計算ちがいをしていた。記代子はニンシンしているし、知名人の姪であり、愚連隊と結婚させるはずはない。取り戻しにきて、なんとか挨拶があるだろうと期しているから、なんの取柄もないバカ娘をおだてあげて、本宅に鎮座させ、女房然とつけあがらせておくのである。
放二の伝えるところによると、大庭長平は全然平静で、好いた同志なら何者と一しょになってもかまわないという考えだそうだ。そして、一安心して、京都へ帰ってしまったという。
エンゼルは事の意外に驚いたばかりでなく、大庭という奴が海千山千の強《したた》か者で、記代子のバカさかげんに手を焼いており、これを拾いあげたエンゼルをいいカモだと笑っているのじゃないかとヒガンだほどであった。
エンゼルは、にわかにバカらしくなっていた。奥様然とのさばっている記代子のバカ面を見るのも胸クソがわるい。
戦法を変えて、芝居気なしに、露骨な取引をすべきじゃないかと考えはじめたから、放二に対しても、演技者の気持を多分に失っている。さもなければ、酔いすぎても昨夜のようなことはやらない。
放二という男は、見る通りこれだけの、掛け値なしのグズのウスノロと見極めをつけたから、即坐に新体勢をととのえた。
「実はですね。諸事金づまりの世の中。仕事を手びろくやりすぎたものですから、費用はかさむばかりですが、回収する金が十分の一もありません。流行のコゲツキという奴、どこも同じ風ですなア。花屋だけでは、損するばかり、食って行かれませんから、記代子にも働いてもらわなければならないのです。まさか女給にだすわけにもいきませんが」
エンゼルは気をもたせて、しかし、恐縮したように笑ってみせた。
十二
エンゼルは放二をなめてしまった。もはや、こんな小物は相手ではない。記代子というバカ娘が格下げだから、それと対等にも当らないウスノロは問題ではなかった。仮面の必要がなくなったのだ。彼がケツをまくってみせる相手は、大庭長平と、せつ子という女社長である。
彼はシャア/\と放二の顔をうちながめて、
「どうです。あなたも、一口、やりませんか。ちょッとした商売ですよ。あのルミ子さんを女主人公にしてね。あの子は若くて、可愛いらしいですな。万人むきで、特に大学生むきだなア。記代子がちょッとそうですが、これがこの商売のコツですなア」
エンゼルは宿酔《ふつかよい》で頭が重くて、やりきれない。宿酔というものは、宿酔の相手をめぐって不快に思いがこもっているものだが、それはエンゼルでも同じことで、その相手が目の前にいると思えば、不快で邪魔っけなウスノロだが、いくらか気がまぎれないこともなかった。やむをえず、ムダ口をきいているだけのことだ。
「その商売というのが、秘中の秘ですが、先に取払いになったマーケットね。あれを今回オカミの手で、まア、何々公団というようなところでやるんですかなア。明るく、健全な、見た目にもスマートなマーケットに再建しようというんでさあア。この店舗の契約なんですがね。これを然るべき手を通して、発表前にちゃんと予約できるんですな。本当の契約金は十万ですが、然るべき筋へ五万いる。あの新宿の一等地がそれだけでよろしいのです。ぼくは、ここである明朗な商売を記代子にやらせたいと思っていますが、さし当って、困っているのは現金なんですよ。ぼくには現金がないのです。その日その日の運転資金が精いっぱい、生活費にも事欠いてロクな物も食わせないのに、野郎どもも記代子も平気で我慢してくれますよ。時世だから、仕様がない。ね、これですよ。でも、あなた、みすみす、もうけ口があるのに、私もムリな苦面を重ねてもやってみたい。記代子もやりたがっているのです。五万ぐらいは、ぼくもなんとかできそうですが、あなた、十万、かしてくれませんか。記代子のためたです。記代子の商売なんです。あなたを記代子の親友とみこんで、おねがいするのですよ」
放二は思いまどった。
エンゼルの話は、なんとなく軽薄である。だまされるにしても、彼
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