の方などと争論なさるんですよ。五十ぐらいの年配でなきゃ男はつまんないなんてね。ええ。ええ。私などにも、そんなことを仰有ることがありましたよ。それは、あなた、意地ずく、ヤケで力んでいらッしゃることですよ。そうですとも。そうでなきゃならないことですものね。どこに五十の年寄を好く娘があるものですか」
 まったく主婦の希望的観測にすぎなかった。自分の希望に当てはめようとしているだけで、個性というものを見ていないのだ。その観察を自分に合せてゆがめてあるので、多く訊いてもムダであるし、むしろ観点を狂わせる害があった。
 放二は主婦との対話を打ちきって、もう一度、記代子の部屋を捜させてもらった。心理を辿る何かが、どこかにひそんでいないかと思ったのだ。
 放二はヒキダシをあけたり、本箱の戸をひらいて何となく一冊の本をとりだして見たりして、彼女の心理について、何か今に思い当りはしないかと漠然と期待していた。しかし何一つ思い当るものはなかった。
 第一、何かを思い当て得るような根拠ある思考力を自覚することすらもできない。なんとなく空転し、いつまでも空虚なものを自覚しうるだけである。
 もしも、何か思い当ることがあるとすれば、一山のマッチが昨日から思い当っているだけなのだ。それに限定されているだけで、それ以外へ閃く思考の自由すらも失っているかのようだ。
「なんのために灰皿を買ったんだろう。タバコをすうようになったのかしら? それとも、来客のためだろうか?」
 マッチに限定された思考力は、そんなことだけ考えていた。彼はピンクの小さな灰皿を手にとって、空転する頭をもてあましていた。
「とにかく、礼子さんに会ってみよう」
 彼はあきらめて立ち上った。

       十

 バーで礼子に会った。放二の来意をきくと、皆まで言わせず、礼子は彼を近所の喫茶店へさそった。
「なんですッて? 一山のウチのマッチ?」
 礼子は笑った。
「そうね。いらッしゃるたび、テーブルのマッチはきッと持ってお帰りですのよ。あのお店は各テーブルに必ず二ツずつのマッチを置いとく習慣なんです。なんとなく持ち帰って、お使いにならなかったのね」
「使わないマッチを、なぜ持って帰ったのでしょうね」
 放二の思考はずッとマッチにこだわりすぎて、彼自身にもバカらしいと思われた。礼子は返事にこまって、
「いろんな場合がありうるわ。あの年配のお嬢さんには、どんな突飛なことも、御自分だけの歴《れっき》とした理由がありうるわ。あのバーでも、あの年配のお嬢さん女給がまとめて三人ぐらい揃うときがあると、バーのシキタリが狂っちゃって、お店全体が狂うんです。それが理窟は合ってるんですよ」
「一回に二ツのマッチですと、一つも使わなかったものとして、十二三回、遊びに行かれたわけですね」
 礼子はかるくうなずいただけで答えなかった。そして、考えこんでいたが、
「私、どちらかと云えば、青木に同情していたのです。ですが、失踪なさッたときいて、記代子さんがお気の毒ですわ」
「奥さんは、記代子さんの失踪を御存知のようでしたね」
「青木にきいたのです」
 さッきから放二はそこにこだわっていたが、礼子の答えは簡潔だった。
「北川さんは、このこと、どう思いますか。記代子さんは、十日間ほど、毎日欠かさずウチのバーへいらしたことがあるんです。失踪は金曜日だそうですね。すると、その十日ほど前までです」
 放二はあやしんで、
「青木さんとご一しょではなかったのですか」
「いいえ。青木と一しょは一回だけ。それから一ヶ月あまりたって、つづけさまに十日ほど、いらしたのです。いつも一人で。で、たいがい、とッつきの長椅子へお坐りなの。私にここへおかけなさいッて、隣へ並んで坐るように命令なさるのよ。そして私が坐りますとね。あなた、おもしろい? つまんないわね、ツて、挨拶代りに仰有る言葉が必ずそれなんですよ。私はほかのテーブルにも回らなければならないでしょう。代りにほかの女給さんが行って話しかけても、ご返事なさったことないの。誰も行く人なくなっちゃったわ。私だって、あの方のテーブルへ行って、たのしいッてこと、ないんですもの。時々、あの方のそばへ行くことがあっても、せいぜい一分間と居たことがなかったんです。いつ、行っても、仰有ることは同じよ。おもしろいの? つまんないでしょ? それだけなのよ。一日に何度でも。私があの方のそばへ行くたびに。そして、ほかの話らしいことはほとんど話し合わなかったわ。その機会はあるんですけどね。一分間ぐらいは、坐っていましたから。二人とも黙りこくッているだけでした。そんな風にして、およそ、三四十分ぐらいね。カクテル一つのみのこして、お帰りでしたの」
 そして、シミジミと、つけ加えた。
「敵意じゃなかったと思うのよ。青木とご一しょ
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