かった。もう一度、克子を訪ねるほかに手段がない。社線、省線、社線と、又、一時間半ほど廻らなければならない。
 克子はまだ海から戻らなかった。
 克子の父母はフビンがって、彼を室内へ招じてくれた。
「こちらのお嬢さんも京都の女学校の御出身ですか」
「どうして?」
「今まで廻ったお友だちが、そうですから」
「克子は疎開前のお友だち。たしか、二年まで、ご一しょでしたわね」
 しばらく世間話をしているうちに、克子が疲れて、もどってきた。
 克子は、茶の間の青年が、記代子の行方をさがして、彼女の帰りを待っていたときいて、不キゲンであった。
 彼女は黙りこくッて、考えこんでいたが、
「ねえ。会社の御用なんて、嘘でしょう」
「いいえ。なぜですか」
 克子は薄笑いをうかべた。
「嘘にきまってるわ。記代子さんがサボッたのに、急用だなんて。昼間だったら、それで人をだませるけど、もう夜よ。会社はひけてるでしょう。サボッた記代子さんも家へ帰ってるわ。なぜ記代子さんちへ行かないの。家に居ないからでしょう。行方不明だからでしょう」

       五

「ずいぶん御心配らしいわね」
 克子の冷笑はするどかった。
「とうとう家出したのね。無軌道ね。記代子さんらしい結末だわ。ニンシンしていたんですものね」
 目をあげて、放二を嘲笑した。
「そんな失礼なことを」
 母親はハラハラして、
「あなた、記代子さんの行先に心当りはないのですか」
「知らないわ。十日ほど前に、会ったけど、お茶ものまずに別れたわ。最近は、そう親しくしていないのよ」
 これ以上きいてもムダだと放二は思った。
「ほかに記代子さんの親しいお友だちは、どなたでしょうか」
「どこを捜したんですの?」
 放二は今までの経過を説明して、
「京都へ帰省中の方が二人で、在京中の方はこちらと、木田敏子さんと仰有る方、お二人だけなんです。木田さんはお帰りがおそいそうで、お目にかかれなかったのですが、勤め先をおききしたのですが、教えていただけなかったのです。木田敏子さん御存知でしょうか」
 克子は冷淡にうなずいた。
「勤め先を御存知でしょうか」
 克子はプッとふきだして、
「あなたは、ダメね。とても、捜しだせないわ。私の部屋へいらッしゃい。説明してあげるわ」
 克子は放二を自分の部屋へ案内し、自分は茶の間で食事をしてから、お茶と菓子皿を持って上ってきた。
「家出したんでしょう?」
「ええ」
「なぜ、なんとかして、あげなかったの。無責任な方ね」
「ぼくは、会社の同僚にすぎないのです。あの方の愛人ではありません」
 克子は疑って、
「嘘つきには、教えてあげない。私、あなたの名、記代子さんにきいたことあるわ」
「ぼくはお友だちにすぎないのです」
 克子は疑わしげであったが、放二のマジメさを認めたようでもあった。
「じゃア、本当なのね。五十ぐらいの人だって。十日ほど前に会ったとき、ダタイのお医者知らないッて、きくんですのよ。教えてあげたの。お友だちにきいて」
「その病院は、どこですか」
「忘れました」
 克子は鋭い目をした。
「あなた、病院へ行くつもり? そして、どうなさるのよ。ダタイなら、もう、退院してるわ。すべてが、終了したんです。なくなったの。過去が」
 放二はうなずいた。
 ダタイして入院中なら、心配することはない。しかし、そうなら、青木が知っていそうなものである。
 克子も考えていたが、
「金曜日からなのね。三日、四日目。ダタイにしては長すぎるわ」
 克子はうかぬ顔だったが、気をとり直して、
「私の知ってるの、それだけだわ。最近は親しくしていなかったから。敏子さんにきいてごらんなさい。勤め先、教えてくれなかったの、当り前だわ。新宿でダンサーしてるんですもの。大胆不敵なのよ。会社とダンサーかけもちだったんですもの。今は会社クビになって、ダンサー専門らしいけど」
 と、ホールの名を教えてくれた。

       六

 新宿はごったがえしていたが、もう二十二時であった。
 ダンスホールの切符売場で訊ねると、
「木田敏子? ダンサーですか? 誰かしら。本名じゃアわかんないわ。まって下さい」
 美青年の一得であった。女の子の一人は、イヤがる風もなく、気軽に奥へ走りこんだ。
 相当の時間またされたが、その償いのように、女の子は息をきらして戻ってきて、
「わかんない筈だわ。キッピイさんのことじゃないの」
 先ず同僚に向ってこう報告すると、キッピイさんは有名人とみえて、女の子たちは顔を見合せて笑いだした。そして、意味ありげに、放二の顔を見た。あらためて、放二に興味をもちだしたようである。
 駈け戻った女の子は窓口に首をのばして、
「その方はもう二ヶ月も前から居ないんです。もっと前になるかしら?」
「メーデーの翌日から」
「そ
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