てるの泥棒だけ」
ルミ子は笑った。彼女は現実からつかんだものをソックリ身につけて、それ以外のことに関心がないようだった。
「先生は疲れてらッしゃるから、お部屋の用意してあげたら」
と放二にうながされて、
「アッ、そう。大事なお客様だ。めぐりあいが変テコだから、カッコウがつかないや」
ルミ子は自分の部屋へ急ごうとして、笑いながらふりむいて、
「オジサンに、兄さんに、先生か。男がみんな居るみたいだ」
「弟も、オトウサンもあるわよ」
「そんなの、男じゃないや」
と呟きながら立ち去った。
八
ルミ子の部屋にはチャブダイが一つあるだけで、ほかに家具も、目ぼしい品物もなかった。部屋の隅に日記帳が一冊ころがっていた。
「いくらだい。宿泊料は」
「半額にまけとくわ。千円」
長平はポケットからむきだしの札束をつかみだして、二千円やった。
「さすがに先生はお金持ね。あの子たちにも、いくらか、あげてよ」
長平はもう二千円やった。
ルミ子はそれをつかんで部屋を去ったが、まもなく二人の女が一しょにきて礼を言った。
「おかげで明日は支那ソバたべて、映画が見られるわ」
カズ子が言った。年のせいもあるが、この子は世帯じみていた。そして、
「お部屋があると、もっと稼げるんだけど。アア、自分の部屋がほしい」
と云って立ち去った。
二人の友達が去ると、ルミ子はようやく自分の時間がもどってきたように、くつろいで、
「自分の部屋が、アア欲しい、なんて、インチキ云うわね、カズちゃん」
「どうして?」
「その気になれば持てるにきまってるわ、お部屋ぐらいはね。その気持がないのよ」
「宿なしの方が気楽というわけだな」
「兄さんにもたれて、あまえてるのよ」
「北川にかい」
「ええ。今夜は二人しかいなかったけど、ほんとは五人いるの。アブレると、五人泊りこんじゃうわよ」
「なるほど。貧乏するわけだな、五人も面倒みてやるんじゃ」
「そうよ。ほんとはね、カズちゃんたち、時々アブレたって、兄さんの給料の倍ぐらい、稼いでるわね。みんなムダづかいしちゃうから、ダメね。兄さんを当《あて》にして、その日の食費もつかっちゃったりしてね。でも、仕方がないわね。甘える人が欲しいんだから。誰だってね」
この娘は、自分だけのモノサシでハッキリと人生の構図をつくっている。自分の体験をモノサシにして。めざましいほど断定的な直線で構図されているのである。まるで八十の隠者のように。
その構図は、肯定的で、楽天的であった。しかし彼女は自分が隠者に似ていることを自覚してはいないだろう。
「兄さんのドタ靴、ひどいわね。雑巾のような靴下。買ってあげるわけにもいかないし」
「どうして?」
「カズちゃんたちだって、買ってあげたいと思ってるのよ。でも、してあげてはいけないの。誰がきめたわけでもないけどね。この集団の本能的な嗅覚なのよ。誰かが禁を犯すでしょう。この集団はメチャ/\。最後の日だわ。兄さんは誰のものでもいけないのよ」
数え年十九の隠者は、ここで又カラカラと笑って、
「これは、しかし、集団人の節度によるんじゃなくて、大半は兄さんの気質の産物よ」
あどけなくて、明るい顔だ。ルミ子はホッと息をして、微笑した。
「でもね、先生。私たちのせいで、兄さんがドタ靴はかされてるんじゃないわ。元兇がいるのよ。凄い女ギャングが」
九
「ドタ靴の元兇がね?」
「ええ。先生、知らない? その人」
「女ギャングをね。知らないな」
「婦人記者よ」
長平の胸は騒いだ。まさか記代子ではないだろう、と思い直したが、人生ばかりは、どこで何がどうモツレているか、見当がつかないものだ。
「なんて名の人だい」
「姓名は何てッたッけな。私、いちど、見かけただけ。三十一の大年増よ。背が高くって、姿はすばらしいわ。立派な服装してるわ」
「わかった。梶せつ子という人だろう」
「そう、そう。それ」
梶せつ子なら原稿依頼に来たことがある。はじめての時は、たしかに放二がつれてきたのである。つれてくる先に、放二の口添えがあって、恩人の娘だというようなことを言っていた。せつ子は「放二さん」となれなれしく呼んで、いかにも幼い時からの知りあいという風であったが、長平は人の私事をセンサクしないタチだから、そこまでしか知らなかった。
せつ子は家庭雑誌の記者で、長平の書く雑誌と性質がちがっていたから、一度は義理で書いたが、その後はことわることにしたため、自然せつ子の訪れも絶えていた。
「梶せつ子がドタ靴の元兇だってのは、どういうワケだい」
「お金つぎこんでるから」
「どうして?」
「十年前から兄さんが思いつめた人ですって」
「北川がそう言ったのかい」
「いいえ。兄さんのお友達の人。でも、公然たる事実よ。兄さんの顔に
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