んなことがしたいんです」
「ひどい方」
せつ子は媚をためて睨んだ。
「なぜ青木さんに変な名刺もたせてよこしたんです。イタズラッ児。もっと悪意にとったわ。でもね。イタズラッ児の仕業と思って我慢してあげたんです」
「悪意にとっても、かまわんのさ」
「先生は私を悪い女とお思いなんでしょうね」
「そうきめてかかれば、わざわざあなたを見物に来やしないさ」
「私は同情はキライなんです。そして、ジメジメした人情も」
「キライと好きは生涯ハッキリしませんよ」
せつ子は長平の手を両手でとって、グイとにじりよって、大胆に見つめた。
「先生は私のどこがお好きなの」
「今日のあなたは一流だよ」
「ヒョッと思いついただけよ」
せつ子は静かに唇をよせて、
「先生は一流ね。なんでも、ヘイチャラなのね。一流でなければダメだわ。青木さんなんか、ダメ」
「一流の人間は三流四流を好むものかも知れないよ」
「じゃア、私は四流のパンパンよ」
せつ子は長平のクビにまいた腕にグイと力をこめて、下へ倒れた。泣声をたてて、唇を押しあて、せつ子は理性を失った別人であった。唇をはなして、
「さっきの裸体は踊子よ。私の裸体は、もっとキレイ。もっとステキだわ」
情熱にふるえて、ウワゴトのようだった。
十一
長平の離京は一週間ほどのびた。せつ子に全集の発行を許すについて、他の出版社との行きがかりから、いろいろ雑用があったからである。
放二と記代子もせつ子の社で働くことに話がきまったが、ちょうど放二たちの社は経営難で、売れない雑誌を廃刊し、事業を縮小する必要にせまられていたから、この方は面倒がない。渡りに舟と編集長の穂積までせつ子の方へ譲り渡す始末であった。
いよいよ明日は離京という晩、長平がおそく宿へもどると、茶室に青木が待っていた。
「明日はお帰りだってね。べつに大した用もないんだが、お名残りおしいから、ゴキゲン伺いにきたのさ」
相変らずの皮肉な口調であった。
「一週間、君にも、梶女史にも、北川少年にもお目通りしなかったから、奴め自殺しやがったかとお考えかも知れないが、ナニ、ぼくのことなんか爪の垢ほども考えてやしないだろうがさ。ハハ。しかし、お名残り惜しいんだ。純粋にそれだけだよ。恨みを述べればキリがないがね」
青木は笑って、
「知ってるんだよ。あの晩、君と梶女史が待合に泊ったことを。ハハ。つけたんだよ。梶女史に会いたくってさ。なにも、あなた、ぼくがどれほど落ちぶれたって、あなた方がシッポリなんとやら、それを突きとめるためにつけるほどケチな根性はもたないさ。ねえ。そうだろう。女房があなたが好きで先刻逃げられたぼくだもの、今更ねえ。だがさ。待合の陰にかくれて一夜をあかして、あなた方がついに御帰館なきことを知らざるを得なかったぼくの胸中というものは、甚だ俗ではあるが、万感コモゴモでしたよ」
それを言ってしまうと、青木はかえって晴れ晴れしたようであった。彼は明るく笑って、
「それから、ぼくが、どうして生きていたと思う? いやさ。恨みを述べるわけじゃア、ないですよ。アベコベなんだ。その一夜が、転機なんだよ。万感コモゴモの次に、ホンゼンとして心機一転。それほどでもないが、なんとかしたと思いたまえ。ここ一週間、ミミズみたいに、どこか暗いところを這いずりまわり、のたくりまわってきたがね。実はね。今日は又、君の一筆が所望なんだ」
彼は益々明るく笑いたてて、
「実はね。梶せつ子の新社へ一介のサラリーマンとして採用してもらいたいんだ。恨みも迷いも、すてたんだ。それを捨てるのに、一週間、かかったんだよ。ねえ、君。考えてみれば、ほかに、オレみたいな老骨を拾ってくれる会社はないじゃないか。誇りなんぞ、持ってやしませんよ。生きるには、食わねばならず、食うには、どこかで拾ってもらわざるを得なくなったからですよ。枝葉末節を語ればキリがないが、荒筋はそれだけさ」
「働くポストは」
「門番でも、事務員でも、編集でも。長と名のつくものを望まないよ。女房に逃げられた男が、ふった情婦の店で働くのに御慈悲の長は所を得ていませんよ。まア、当分、考えることを探すわけさ。もし人生に考える価値のあるものが在ったとしたらね」
長平はせつ子に当てて手紙を書いた。青木を使ってくれという依頼の。なぜなら、そのことに不賛成ではなかったから。
「ありがとう。女房が、イヤ、前女房が、銀座のバーで働きだしたよ。今度上京したら寄ってくれよ。たのまれたんだ」
そして青木は立ち去った。
翌朝、長平は東京を去った。
娘ごころ
一
「たまには、つきあえよ」
と、青木が放二をさそったが、
「でも、校正を急がなければなりませんから」
放二は明るい微笑で応じたが、額や頸には脂汗がう
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