三用意がございますけど、やらせましょうかしら」
「どうぞ。見せて下さい」
「それじゃア、ちイさん」
せつ子に指名されて立ち上ったのは、洋装のうちの一人であった。
女は十歩ほど歩いて立ちどまり、正面を向くと、体操の予備運動か深呼吸のようなことをやっている。ハハア。これがポーズなのか、と、長平は気がついて、手品だな、と思った。しかし、ちがう。降霊術らしい。
苦悶しつつ身もだえるようにしながら、静かに一とまわり、二まわり。すると着ているものが肩と腰の上下二ヶ所からスル/\おちはじめた。バラリと落ちきる。シュミーズをきていない。ストッキングだけはいているが、モモから上は一糸まとわぬ裸体のようである。はなれているし、薄ぐらいから、ハッキリしないが、そうらしい。
女はこれから沐浴するように、かがみこんで、一方のストッキングをぬぎはじめた。ぬぎおわるとき、軽く片足を後に蹴って、股をチラとのぞかせる。
次には正面を向いて、腰を下す。股をひらいて一方のストッキングもとりはじめた。股をひらいているが、片手がその前後を滑るように動きつづけているから、全裸かどうかは、まだ見分けがつかない。
ストッキングもぬいでしまうと寝たり起きたりデンマーク体操のようなことをやって、一反転、立った。それから、唄をくちずさみながら、踊りはじめたのである。
「ありふれたストリップですけど」
と、せつ子がささやいた。
低い変な声。腰のうごき。人マネではあるが、かなり調和がとれて、因果物の域を脱している。
日本人には珍しく柔軟な、程よいふくらみをもった裸体のせいで、相当のエロチシズムであった。
助平根性をかきたてて、ひどい目にあわせようという魂胆かな、と長平は思った。
八
ストリップの女は踊りながら、燭台を一つ一つ手にとって、吹き消しはじめた。壁面のローソクを消し終ると、テーブルの左右の燭台を吹き消すために長平の後をすりぬけた。片足がゆるやかに長平の頭上をまたいだのである。まごう方もない全裸であった。そして、次の灯も消え、長平の視界からは、すべてが一瞬にはなれてしまった。広間は真の暗闇。一語を発する者もいない。
正面下座からパッと光った。又、ひとつ。誰かが、懐中電燈をつけたのである。誰だか分らない。懐中電燈は客席の天井をてらしている。二本の光がいりみだれて天井をさわいでいるが、下の方へは降りてこない。照らす人も見えないが、客席の様子も知ることができない。
二本の光は天井を交錯しながら、ジリジリと客席の方にすすんでくる。誰かが両手に懐中電燈を握りしめて、こっちへ歩いてくるらしい。
長平の左腕に誰かの手がふれた。軽くさするように這い降りる。そして、長平の手がやわらかい女手に握られた。せつ子の手だ。
長平はされるままになっていた。光の主は客席の前にせまっている。二本の光芒は客席の真上をクルクル狂いみだれている。
客席には微かな音もなく、長平の四囲からなんの気配も感じることができなかった。ただ左手が、かるく、あつく、女の手に握られているだけであった。
色仕掛かな。ローソクの趣向もそのせいかな、と、長平は思った。これから何事が起るのだろう。何かが起るに相違ないが、ただ成行を見ていることだ。握られた手のくすぐったい感触は彼の酔心持をなまめかしく掻きたてた。
光源は客席の前まで迫ったが、何事も起らない。光はいたずらに天井を駈けめぐり、光源はすでに後退をはじめた。ついに下座のドンヅマリへ後退した。光の動きがゆるやかになり、のろのろと天井を這い、光源の真上で止まる。すると、消えた。再び、真の闇。
女の指に力がこもった。三秒。五秒。グッと握りしめた。いよいよ。長平はつづくものを期待したが、握力はにわかに弛んだ。とけたのだ。何秒かの空白ののち、長平は自分の手がすでに誰にも握られていないことをさとった。
ポッと光った。下座がてらされている。新しい光源はアベコベに客席にあった。
下座の奥手に、何かポーズしているらしい女の素足がてらされている。膝から下しか見えない。光が徐々に上へうごく。股。下腹部。全裸である。さっきの女ではないらしい。のびのびと、上背があるようだ。円錐形にもりあがる乳房。胸から肩の肉づきが豊かである。アゴ。女は両手を後にくみ、仰向けにポーズしていた。全身が光の中にうかんだ。女の手が静かに後をはなれて、同時に顔が正面をむいた。梶せつ子! せつ子の裸だ! せつ子の目に微笑がこもった。とたんに光が掻き消えて、せつ子の裸体は暗闇に没してしまった。
数秒後に、皎々《こうこう》と電燈がついた。しかし下座の奥手には誰の姿もなかった。
「額縁ショーというんでしょうか」
彼にささやく声がある。せつ子である。彼によりそって、さっきと同じ和服
前へ
次へ
全100ページ中27ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング