いる。
 はじめて見た人は、当節の貴公子はタケノコだから、と、かえって痛々しく思うかも知れないが、毎日見なれている者には気にかかることであった。
 放二の慎み深い気質では、自分の破れ靴下が気にかかるのは当然で、訪問先で坐り様がいかにも窮屈そうなのは、靴下を隠すようにしているせいだ。
 放二の給料は年齢のわりに多かったし、長平から貰う手当もあるので、靴や靴下が買えないほど窮迫するイワレがなかった。
 誰も見てやる人のない孤児のせいだ、と記代子は考える。これは温い見方であった。
 しかし、腹が立つと、冷めたくアベコベに考える。孤児で独身の放二は誰の生活を見てやる必要もないのである。青年たちはお酒で貧乏しているが、放二はお酒も好きではない。それだのに、靴や靴下を買うお金まで何に使っているのだろう?
 そこで記代子は結論する。女がいるのだ、と。悪い女と秘密の家庭を持っているのだ。何年間もドタ靴や破れ靴下をはかせておくような悪い女と。
 長平は記代子の見方にも道理があると考えた。彼が与える手当だけでも世間並の生活はできるはずだ。タシナミのよい放二が、なぜドタ靴や破れ靴下を新調することができないのだろう。
「娘の感覚は特殊なものがあるよ。ねえ、北川君。何かしら嗅ぎつけたことがなければ、君に細君があるなんて疑ぐりやしないぜ。奴め、何を嗅ぎつけたのだろう?」
「はア」
 放二はみんな長平に語ろうと思った。記代子にもれるかも知れないが、知られて困るようなことでもないのだ。

       四

「べつに秘密にしていたワケじゃないのです。男の友達はみんな知ってることなんですが、女の方には、知られていけなくはありませんが、柄のよいことではありませんから」
「なんだい、それは?」
「ときどき、女たちが遊びにくるのです」
 放二は微笑している。長平はそれを素直にうけとった。女たち。放二は「たち」と云ったはずだ。なにか意味があるに相違ない。
「女たち、ね」
「ええ。泊りにくるのです」
「女たちがかい」
「ええ。パンパンです」
 長平もちょっと二の句がつげない。この青年からパンパンという言葉をきいても、全然不釣合いで、架空の話をきかされているようである。パンパンが遊びにくる。泊って行く。アベコベだ。しかし、戦後派の神話的な現実が実存しているかも知れないので、長平も思い余った。
「君、パンパンと同
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