て、キライなお客さんほど大切にしてあげようと思いました。きめたお金を朝になって半分にねぎられても、我慢することができましたし、ぶんなぐられて、貰ったお金を取り戻されても、苦笑しただけで忘れることができました。くる朝も、くる日も、微笑して迎えましょうと思っていました。
 こう申し上げたとて、私は兄さんを恋していたのではありません。兄さんを恋すなんてセンエツなこと、どうしてできましょう。ヤエちゃんなどが、私がそうでもあるように皮肉なことを言うとき、兄さんに申訳なく思う気持で、そのときだけはヤエちゃんを殺したくなることがありました。私のようなものが兄さんを恋することは、兄さんを傷つけることです。兄さんを侮辱することです。私はどんな大罪人とよばれてもかまいませんが、兄さんを傷つけた罪に服すことは我慢ができません。
 兄さんは、私の心にともる灯でした。私の航路をてらして下さる燈台でした。兄さんが同じ屋根の下にいて下さると思うと、兄さんのお顔を見なくても、なんの心配もなかったのです。どんなときでも、一瞬の休みもなく、私のそばについていて下さることを信じることができました。いいえ、信じる必要などはありません。いつもいて下さいました。
 朝目をさますと、きっと私の前には、兄さんがいて下さるのです。私は兄さんにお早うを言います。私の心は晴れ晴れとします。私は明るく、働かなければなりません。パンパンという職業がどんな卑しいものであるかということも、考える必要はありません。兄さんがついていて、見まもっていて下さるのですもの、なんの不平がありましょう。私は、毎日々々が、たのしかったのです。どんなに苦しいとき悲しいときでも、自分が幸福な人間だということを疑ったことはありませんでした。

       三

 先日ヤエちゃんにお金をとられたとき、預金の方は手配をすれば人手にひきだされずにすむはずでした。いくらでもないから、私はそう云ってうッちゃらかしておきましたが、私はむしろ人に盗られてホッとした気持もあったのです。預金は卅六万円ほどありました。野良猫が預金していたことをおかしいとお思いになるでしょう。私もはずかしかったのです。
 野良猫にも、夢があったのです。ですが、どんな夢だか、おききにならないで下さい。自分でも知らないことなんです。夢というよりも、もっと実際的な不安だったかも知れません。
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