で、可愛げなどの感じられないリリしさだが、童女めく痴呆さが色気をつくっている。しかし総じて悪童には煙たいような奥方だ。
長平は自分の話し方が軽薄だったので、礼子が敵意を見せたのかと思った。なぜなら彼には答えずに、チラと目を光らせて、放二に向って話しかけたからである。
「北川さんとおッしゃいますわね」
「ええ」
「北川……放二さん?」
「そうです」
放二もいぶかしそうであったが次の問いは唐突だった。しかし礼子の声は静かで、
「梶せつ子さん。御遠縁とか、そうでしたわね」
「ええ。血のツナガリはありませんが、親同志が親しかったのです。同窓ですか」
「私の?」
「ええ」
「同級生?」
「え? 同窓ですか」
「フフ」
放二は他意なく応答しているが、見ている長平はイライラした。奥歯にもののはさまった、じらされる不快さだ。青木もそうだったがと考え、夫婦は悪い癖が似るものだ、別居なんて、たいがいに、止すがいゝや、と思うのだ。
「同じ学校の卒業生ですか」
長平がたまりかねて放二にかわって大声できくと、
「あら。大庭さんまで。同級ときいては下さらないわね。私、そんな婆さんかしら。あの方は、おいくつ?」
「満ですと、二十九です」
礼子は素直にうなずいて、
「女の五ツは男の十以上に当るらしいわ」
と、つぶやいたが、それにつけたして、事もなげに言った。
「梶せつ子さんは、青木の新しい恋人なんです」
八
長平は事の意外に驚いたが、青木や礼子には同情がもてず、放二の気持が切なかろうと、気の毒に思った。しかし放二の表情から感情の変化はよみとれなかった。
長平は放二への同情を礼子への攻撃にかえて、
「すると、青木君に新しい恋人ができたので、あなた方は別居されたんですね」
「あら。そんな。青木の恋愛は最近のことですわ。私たちが別居したのは、昨年の早春でしたわ」
じゃア、よけいなことは言わないことさ、と長平は顔にそう語らせて、
「早晩そんなことも起るでしょうよ。別居しているうちには、ね。しかし、北川君も知らないことを知ってるようじゃ、あなたも青木君が気がかりなんでしょう。元の枝へ急ぐべし。しかし、その恋愛を北川君が知らないようじゃ、あなたの思いすごしでしょう」
「あら。私、よろこんでるんです。青木に新しい恋人ができて」
「青木君からそんな報告がきたんですか。新しい恋人
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