めったになかった。
 エンゼルは酔っていても、ヨタモノの本能は鋭敏であった。
 放二の部屋で、ルミ子が彼に遊びましょうよと誘った言葉を、いつもと同じように、当然なことと真にうけたのが軽率だったのである。
「すると、この女は……」
 と、エンゼルは思った。
 みんな、グルだ。あの若い奴は、好男子の坊ッちゃん然と、まるで世間知らずの顔をしているが、実は町内のパンパンどもをみんな情婦にしているのである。そして、この女が、情婦筆頭というわけだ。
 何組のなにがしというヤクザでもない青白いインテリに、時々こういう教祖めいたヤサ男がいるものであるが、悪事の型がきまっているヤクザとちがって、こういう奴らは何をしているか分らない。しでかすことの筋が見当がつかないのである。エンゼルは、こういう奴が苦手であった。彼の仕事と同じ性質のことを、特別の筋と才能で楽々果しているように思われたからである。彼は対等の敵として、放二に対して激しい闘争心をもやした。
 この女が自分を別室へひきたてたのは、自分が放二にからむのを避けるためだ。しかし、腕力に自信がないからインネンをつけられるのを避けたと見るのは当らない。先方にはピストルのようなものがあって、ただ軽率に血を見ることを好まなかったのかも知れない。あのヤサ男の静かな落付きは尋常ではない。エンゼルはそれを軽視することができなかった。世間知らずの記代子などには、あのヤサ男の正体が分るはずはないのである。
 そう気がついてみると、ルミ子という女も、さすがに、ただのパンパンとはちがう。邪教の一味は、小娘のパンスケまで、ミコだか狐つきだか分らないが、老成ぶって、得体が知れないのである。
「お前は、いくつだ」
「十九」
「フ。どうだい。オレが北川を殺したら、どうする? お前、オレの女になるか」
 エンゼルはビールをなめて、面白くもなさそうに、せせら笑った。
 ルミ子の顔色は変らなかった。
「なぜ殺すのさ」
「なに、下駄につかえた石ころをはじくようなものだアな。誰かが、ちょッと、どこかの街角で、あの兄さんを眠らしてくれらア」
「全然、タダのチンピラだ」
 ルミ子はガッカリして、ねころんで、片肱を枕にエンゼルを見つめて、つぶやいた。
「屋敷もちの花つくりのアンチャンも案外だなア。よくお金モウケができたわね」

       八

「誰か殺せば、女がウンと云うと
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