かった。名刺を渡して、
「大庭先生と社長の言いつけで、大庭記代子とおッしゃる方を探している者ですが、当家にかくまっていただいてるとききましたので、お目にかからせていただきに上りました。御主人にお目にかかって、くわしい事情を申上げたく存じますが、野中さんは御在宅でしょうか」
 アンチャンは黙ってスッとひッこんだ。

       十

 別のアンチャンがでてきたが、返事にきたのかと思うと、下駄を突っかけて、放二をすりぬけて、門に鍵をかけに行った。戻ってきて、凄い笑いをチラリと見せて、
「いつも、こうして鍵をかけておくんだけど、今日はどうしたことか、あんたが迷いこんできたから、泡をくったのさ」
 そう言いすてて姿を消した。それから、実に卅分間ぐらい、音沙汰がなかった。
 記代子が現にここに居たのを移動させているのだろうか、と放二は想像をめぐらした。あるいは放二を料理するための準備中かも知れない。そして、こんな場合に彼が蒙りそうないろんな料理のされ方を考えて、ジタバタしてもはじまらないから、とにかく身にふりかかる宿命をそっくりうけることにしようと心を決めた。身にふりかかる危険を払いおとす器用な才覚もなければ、鵞鳥の半分ぐらいの早さで逃げる体力もなかった。
 三人のアンチャンが彼の目の前を素通りした。隣室でガタガタ何かやっていたが、また、素通りして姿を消した。彼が返事をうけたのは、ようやく、その後であった。
 彼は、さっき四人がガタガタやった隣室へ招じられた。大きな丸テーブルに四ツの肱掛イスという応接間だが、造りは和風で、格子戸がはまっている。
「ちょッと、待って、チョーダイナア」
 アンチャンは変テコな女の声色で、目の玉をギロリとむいて笑いながらひッこんだ。
 入れ代って、無造作に現れたのは、色のまッしろな好男子である。ギリシャ型の鼻筋が通り、目は深く、すんでいる。水もしたたるような、西洋型の明るい美貌で、どこにも凄味というものがない。ただ肩幅ひろく、胸は厚く張り、腕は逞しく隆々としていた。年は二十四五であろう。
「ぼくが野中です。どうぞ、お楽に」
 と、気楽に言ってイスにかけたが、その顔は明るい。青木のなぐられたのも好男子の愚連隊だというが、この男たは、そんなことをしそうな風が見うけられなかった。
「あなたは、どこの戦地へいらしたのですか」
 エンゼルは、卓上のタバコを
前へ 次へ
全199ページ中117ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング