、あなたをお送りします。ぼくが送っていただくなんて、アベコベですから」
放二は他意のない微笑をうかべ、記代子のプラットフォームの方へ進もうとすると、
「いいの!」
記代子がカン高い声でさえぎった。おしとめるように立ちはだかったが、顔の血の気がひいている。ひきつッている。
「さよなら」
と言いすてると、ふりむいて、去ってしまった。
そんな出来事が昨夜あった。しかし、それぐらいのことで今日もまだ腹を立てているとは思われない。一しょに熱海へ来る筈だったが、三時間待っても記代子がこない。急用ができたのだろうと放二は思った。そして、熱海駅ですれちがった時にも、何か都合があるのだろうと思い、汽車の時間があるので急いで行ってしまったのだろうと、なんのコダワリもなく考えていた。
二
「一しょに熱海へくるはずでしたけど、東京駅でお会いできなかったのです。ぼくが時刻をまちがえてお待ちしていたのでしょう。三時間待って、熱海へついたら、帰られる記代子さんとすれちがったのです」
こだわるイワレがあろうとは思われないから、放二は思った通りのことを言った。
しかし長平は意外に冷めたく、とりあわなかった。
「記代子は君に会いたくないと言っていたのだよ」
「ハア」
「君たち二人の私事に強いてふれたいとも思わないが、同じ社の仲間同士反目しても、つまらん話さ。とりわけぼくに親しい御両氏が睨み合ってたんじゃ、ぼくも助からんからな」
「ええ」
たかが放二をアパートまで送ってくれるというのを拒絶したぐらいのことで、記代子がそんなに腹を立てゝいるというのは意外である。しかし、今までのことを思うと、思い当ることもあった。
記代子は放二のアパートを見たがっていたが、放二はいつも言を左右にして、近寄らせないようにしていた。見せて悪い秘密でもないが、見せない方が無難に相違ない。軽いイワレがあってのことだ。
いつか二人そろって鎌倉の作家のところへ原稿をもらいに行って、御馳走になったことがある。のめない酒をすすめられて、二人はかなり酔った。わりと早くイトマを告げたのだが、鎌倉のことで、新宿へついた時には、記代子の市電がなくなっていた。
「放二さんに泊めていただくわ」
記代子は安心しきっていた。
「ええ」
放二はさからわなかったが、中央線には乗らなかった。記代子を散歩にさそって、夜の明
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