並べたくなるもんですなア。こうして、入り口へ腰かけますとね。昔、やったことがあるような気持になるから、妙なものですよ」
 先方がタニシのように口をあける見込みがないのを見てとって、青木は益々、ふざけた気持になった。
「さて、鉛筆の代りに、とりいだします品物は、ハッハ」
 青木は主婦を見つめた。
「記代子さんは、金曜日に、どんな服装で、でましたか?」
 主婦は意表をつかれた。青木にしてみれば当然な質問だったが、主婦はこれまでに放二から様々の質問をうけて、しかし、この質問はうけなかったからである。
「それを、きいて、どうなさるのです」
 敵意がこもったので、青木は嘲笑で応じた。
「人相書をまわすんですよ。探ね人。家出娘。二十歳」
「大庭さんのお指図で、北川さんが捜査に当っておられます。あなたのことは、なんのお指図もありませんから、お帰り下さい」
 ピシャリと障子をしめてしまった。

       三

 青木は熱海をぶらぶらした。
 記代子は熱海に通じていた。長平が上京のたび熱海に立ち寄る習慣で、迎える記代子や放二らと数日すごしたからである。
 青木は記代子の案内で、いくらか熱海に通じた。観音教の本殿や、来宮神社の大楠や、重箱という鰻屋なども教えてもらった。
 錦ヶ浦へ案内したのも記代子であった。トンネルをでた崖のコンクリートに、ちょッと待て、と書いてあるのも指し示した。
「投身自殺ッて、とてもスポーツの要領でやるもんですッて。ナムアミダブツ、なんてんじゃないそうだわ」
「どんなふうにやるの?」
「たいがい、助走してくるのよ。エイ、エイ、エイッて、掛け声をかけて助走する人も、あるんですッて。茶店で休んでいた人が、とつぜん駈けだして飛びこむこともあるそうよ。走り幅飛の助走路よりも長そうだわ」
「なるほど。岩にぶつかるのがイヤなんだな。ぼくも、ここで死ぬんなら、助走するな。痛い目を見たくないからね」
「痛い目?」
 記代子は不審そうに、
「足が折れたり、顔がつぶれたり、醜い姿になるのがイヤなのよ。助走しない人だって、いるのよ。その人はダイヴィングの要領ですって。こう手をあげて、後にそって、かゞんで、ハズミをつけてダイヴするんですって。私だったら、ダイヴィングでやるなア」
 二人はそんな話をしたことがあった。
 又、記代子がニンシンをうちあけたのも、熱海の宿であった。
 青木
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