ことがあった。記代子と会うと、逆上的なものはおさまって、平静で柔和になるが、骨がらみの暗さ悲しさはどうにもならない。記代子の気持をひきたて、力をつけてやろうとして、いつとなく悲しい思いに走っているのは彼自身であった。
男の方がそんな風にダラシないから、記代子が逆に、青木の前ではノンビリしていたのかも知れないが、案外シンは頑固で、一人ぎめで、それで楽天的なようにも見えた。
青木は、記代子の将来を考えてダタイをすすめたいのであるが、記代子の反対は強く、青木は再々云いだすことができなかった。
失踪前も、特別な挙動があったとは考えられない。二人の仲はいつもと変りがなく、ちょッとしたイサカイもなかった。いつまでも捨てないでくれ、とか、いつまでも愛してくれ、というようなことを言ったこともない。青木がたよりない思いをさせられるほど、淡々と、ノンビリしていたのである。
しかし、死というものが、どこに宿るかは見当がつかない。ノンビリと、鈍感な田舎者の魂にも、だしぬけの死が宿りやすいことは、チエホフが書いていることだ。これぐらい妙な友だちはない。めったに訪ねてこないけれども、訪ねてきた時は親友で、とびぬけて親友なのかも知れないのである。
日々が平凡で平和な子守女でもふと自殺する理由がありうるのだ。記代子が死にみいられるのはフシギではない。むしろ当然すぎるといえよう。
青木は彼女の失踪をきいて、死のほかに考えることができなかった。彼女に不幸の訪れを怖れていたので、最悪の場合を想定せざるを得なかった。
「まだ、生きていてくれ!」
青木はちょっとした当てをたよりに走りまわった。
「死んでいるなら、死んだ場所へ案内して下さいよ。記代子さん」
誰の目にもふれない先に、記代子の屍体を埋葬して、同じ場所で死のうと思った。
礼子に会って、十日あまり毎日一人でバーへ通った話をきくと、ぶちのめされたように思った。やっぱし! 記代子は彼の前ではノンビリしていたが、内心はやりきれなかったのだ! 切なさは、一人じゃ処置がつかないものだ。親しい人には隠して、行きずりの人の合力にすがるのだ。切なさ、というものは、そんなものだ。
「いよいよ、ダメか!」
青木は落胆して溜息をついた。
「どこで死んでいるのだろう?」
しかし、礼子の意見はちがっていた。
「生きていますよ。私たちのように平凡な女は、生
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