は二週間前ぐらいと言ったのです。確かめて訊きませんでした」
「あんなにダタイはいやだと言っておきながらねえ……」
 せつ子は記代子の心理を考えているようであった。放二にも、記代子の心理はいろいろに考えられた。
 礼子に会って訊いたら、記代子の意外な心理を辿ることができるかも知れないと放二は思った。キッピイにもう一度会うことを急ぐよりも、礼子に会うことが先のようだ。すくなくとも「青木の子供」の問題にふれた何かが掴めそうな気がした。
「今度は、どこを捜すつもり?」
 案外にも、せつ子はおびただしく拠りどころない様子であった。
「ダタイの病院をさがす必要はないでしょうか」
 せつ子はクビをふって、
「それでしたら、捜す必要ないの。人間の過去は実在しないものなんです。あなた、それを信じられる?」
 放二はうなずいた。
「じゃア、さがしてらッしゃい。是が非でも、あなたが捜し出さなければ、ダメよ。大庭記代子という過去のない新しい女をね」

       九

 礼子のバーがひらくまでには間があった。キッピイの自宅を訪ねてみるには適した時間であったが、それをやめて、記代子の宿をもう一度訪ねることにした。
 キッピイが何かを知っているにしても、それを語らせるには、一度の足労では間に合いそうもない。あるいは、何も知らないのかも知れないのだ。複雑な私生活をもつらしい彼女の特殊な態度や言葉の表現が、たまたま思わせぶりに見えたのかも知れなかった。
 それよりも、記代子の宿から、捜査を出直してみようと思った。昨日は、記代子の足跡を直接さがしだす材料ばかり心がけていたが、一日の捜査の結果は、記代子の心理を知ることが重大なものに見えてきた。そして、心理を辿ると、足跡の方角を推量しうるかも知れないように思われた。
 宿の主婦は、記代子の態度がちかごろ変ったことばかりだと言った。懊悩する娘の混乱した状態などを根掘り葉掘り聞きたくはなかったので、すぐ打ちきって辞去したが、会社では誰にも見せなかった心の秘密を宿では思いあまって漏しているかも知れず、主婦の世なれた観察眼が、何かを嗅ぎ当てているかも知れない。放二はそこから出直そうと思ったのである。
 しかし、宿の主婦の観察からは、期待したものを得られなかった。
「あの方は、男の方に不満だったんですよ。五十ぐらいの年配だそうですものね。訪ねていらしたお友だち
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