記代子さんを探しだすことなんです。失踪の原因を探索するのは、あなたの役目ではないのです。妙な噂がありましたから、あなたも薄々きき知って、いろいろ推量していらッしゃるかも知れませんが、あなたの推量は、全部まちがいよ。噂は全部デタラメなんです。あなたは人の噂など気にかけませんね?」
 放二はかるくうなずいた。
「人間て、どうして人のことを、あれこれと、憶測したがるのでしょうね。自分のことだけ考えていればいいのに」
 せつ子は退屈しきった様子で、そう呟いたが、机上から一通の封書をとりあげて、
「これは大庭先生が記代さんの下宿の人に差上げるお手紙。この中には、あなたのことが書いてあるのです。記代子さんのお部屋の捜査をあなたに命じたから、部屋へあげて自由に探させてあげて下さい、ということが書いてあります。あなたは記代子さんのお部屋に行先を知らせるような何かゞないか探すのです。又、お友だちの住所とか、捜査の手がかりになりそうなものを見つけてらッしゃい。意外な事実を発見しても、捜査がすんだら、忘れなくてはいけません。記代子さんが失踪したことも、忘れなくてはいけません」
 放二はアッサリうなずいた。長平は笑いだした。
「ずいぶん器用なことを命令したり、ひきうけたりするもんじゃないか」
 放二も笑ったが、
「むしろ、いっと簡単なことなんです」
「ふ。君はそんな器用な特技があるのかい」
 放二はそれには答えなかった。
「では、行って参ります」
「手がかりになりそうなものがあったら、明日、会社へ持ってらしてね。記代子さんが見つかるまでは、会社の仕事はよろしいのです。穂積さんに言ってありますから。記代子さんを探すのが、あなたのお仕事よ」
 放二はうなずいて去った。

       二

 放二は記代子の部屋をさがした。
 室内を一目見たとき、記代子の覚悟のようなものが感じられでハッとした。部屋がキレイに整頓されていたからである。
「イエ、私がお掃除しましたの」
 と、下宿の人は、事もなげに云った。
「おでかけのあとは、毎日々々、それは大変な散らかしようですよ。おフトンだけは自分で押入へ投げこんでいらッしゃいますけどね。ホラ」
 押入をあけてみせた。くずれて下へ落ちそうだ。よくたたみもせずに投げこんである。放二は自分の万年床を思いだして、男女の差の尺度はこの程度かと、おかしくなった。
 一目
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