よ。今日までは、おッぽりだして来たことなんかなかったのだけど、ふらふら、とびだしちゃった。もっと娼婦になりきれる方が、立派なんでしょうね」
「そんなことは、クヨクヨ考えることじゃアないね」
「そう。立派だなんて、おかしいわね。誰かに、ほめられたいみたい。でも、そんな気持も、あるのよ」
「社長だものな」
「そうなのよ。社長でなければ、乞食になるのよ。そして、生きてるわ。今日は乞食の方の気持よ。微風の訪れでもなかったの」
 せつ子は胃が悪いから、酒をのむといけないのだと云いながら、かなり飲んだ。そしてテキメンに苦しみはじめた。長平が知人の医者へつれこむと、医者は顔をくもらせて、酒をのむと、ひどいことになるかも知れない、とせつ子を叱責するようにつぶやいた。
 せつ子は黙って、医者を見つめていた。顔色を微動もさせずに。そして、自動車をよんで大阪へ戻った。

       五

 長平は上京した。
 その日の夜中に長平の住む茶室の戸をたたいたのは青木であった。
「そろそろ隠れ家を変えなきゃいけないぜ。ここは拙者につきとめられているんだから、アイビキなぞには不都合だし、第一、タカリが怖しいやね」
 青木は遠慮なく上りこんで、
「とんだ合邦《がっぽう》さね。やってきたのは娘じゃなくて、ジジイなんだとさ。ヤ、コンバンハ」
 いくらか酔っているようであった。どっかとアグラをかいて、
「いずれ呼びだしをうけて、お叱りを蒙るんだろうから、手間を省きにきたのさ。え?」
 長平の顔をのぞきこんだ。
 長平はウイスキーをとりだした。彼は夜中や暁方にウイスキーをのんで、うたたねする習慣であった。一日に何回もうたたねするが、まとめてねむるのは一週に一回ぐらいのものであった。
「君に会う必要もないと思っていたのだが」
 青木にウイスキーをつぎ、自分ものんでから、言った。その落付きが癪にさわったらしく、青木はジリジリして、
「ハア。そうですか。何等親だか知らないが、君の何かに当ろうというこのオジサンにね。会いたくないのかい?」
 青木は自分の言葉に含まれた毒気に興奮して、目をギラギラ光らせた。長平はそれをそらして、
「君は何かぼくに言いたいことがあるのじゃないか。言うだけ、言ってしまえよ」
「言うだけ言ったら、どうするのさ」
「ねむるよ」
「相変らず、自分の都合だけ考えている人だね。なんと言ったら、気
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