「生方さん。外を歩いてみないか。歩きながら話したいこともあるのだが」
 庄吉はついでに仕事に行かうといつて、洋服に着換へ、カバンを下げて出てきた。芝浦の岸壁の方へでて、太平はキミ子が彼のもとにゐた顛末を打ちあけた。
「その引越したあとへ俺は一度君を訪ねて行つたのだ」
 それから庄吉は長いあひだ無言に肩を並べて歩いてゐた。
「あゝ!」
 たまりかねた小さな呻き声が庄吉の口からもれた。庄吉は緩かに片手を顔に当てた。庄吉の腸をつきぬけて出る棒のやうな何物かがあつたやうな気がすると、彼の顔には壮烈に涙が走り、彼は鞄を落してゐた。
 庄吉は狂つたやうに太平にとびかゝつた。太平の喉を押へて両の拳《こぶし》でグイグイ突きあげた。
「この野郎! この野郎! この野郎!」
 太平は倉庫のコンクリートに押しつけられて、拳に頤《あご》を突きあげられてゐた。その痛さに一瞬気を失ひさうになりかけたが、その時チラと見た泌みるやうな青空の中に、キミ子の真白な腕と脚を見たのであつた。
 庄吉は手を放すと、今度は倉庫のコンクリートを両手で押してゐるやうな姿で身体を支へて、呼吸ををさめながら暫く茫然としてゐた。太平は青
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