蟹の泡
坂口安吾
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)現身《うつしみ》
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)カラ/\
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私は中戸川とみゑさんの「ひとりごと」を読んで、私が遺族だつたら、遺言通り燃しちやつたのにな、と思つた。私は「春日」といふこの人の俳句集、日本文学の歴史的な傑作の一つを読んでゐたので、「ひとりごと」のやうな蛇足は燃した方がよかつたといふ考へなのだ。傑作には楽屋裏の知識は必要ではないので、それ自体自立してゐるものであるから、作者の伝記も、名前もいらない、私は文学の世界に流行する楽屋裏的嗜好は最も愛さない。傑作は非情であり、低い意味の人間性は排した方がよいといふ考へだ。
あいにく私は手もとに「春日」がなく、一つも記憶してゐないので、まともにこの芸術を論ずることができないけれども、これは俳句などゝいふケチなものではなく、文学であり、人間の魂の声である。一人の人間の全部のもの、精神も肉体も魂も本能も血も毒も涙もみんなあげて花となり、ふるさとに呼びかけられた声であり、俳句などゝいふ閑人の閑文字ではない。自
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