閑山
坂口安吾

−−
【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)愛《め》づるまま

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一生|不犯《ふぼん》の

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「口+童」、第4水準2−4−38]酒糟《とうしゆそう》

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)きり/\と
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 昔、越後之国魚沼の僻地に、閑山寺の六袋和尚といつて近隣に徳望高い老僧があつた。
 初冬の深更のこと、雪明りを愛《め》づるまま写経に時を忘れてゐると、窓外から毛の生えた手を差しのべて顔をなでるものがあつた。和尚は朱筆に持ちかへて、その掌に花の字を書きつけ、あとは余念もなく再び写経に没頭した。
 明方ちかく、窓外から、頻りに泣き叫ぶ声が起つた。やがて先ほどの手を再び差しのべる者があり、声が言ふには「和尚さま。誤つて有徳の沙門を嬲り、お書きなさいました文字の重さに、帰る道が歩けませぬ。不愍《ふびん》と思ひ、文字を落して下さりませ
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