めき、さて、ある者は逆立ちし、またある者は矢庭に人の股倉をくぐりぬければ、またある者はあほむけにでんぐり返つて、両足をばたばた振つた。
異様なこととは言ひながら、その可笑しさに堪へがたく、旅人は透見の自分も打忘れて、思はず笑声をもらした。
どよめきは光と共に掻消え、あとは真の闇ばかり。ただ自らの笑声のみ妖しく耳にたつことを知つたとき、むんずと組みついた者のために、旅人はすんでに捩ぢ伏せられるところであつた。必死の力でふりほどき、逃れようと焦つてみたが、絡みつく者は更に倍する怪力であつた。精根つきはてて抵抗の気力を失つたとき、組みしかれた旅人は、毛だらけの脚が肩にまたがり、その両股に力をこめて、首をしめつけてくることを知つた。
ふと気がつけば、草庵の外に横たはり、露を受け、早朝の天日に暴《さら》されてゐる自分の姿を見出した。
村人が寄り集ひ、草庵を取毀《とりこわ》したところ、仏壇の下に当つた縁下に、大きな獣骨を発見した。片てのひらの白骨に朱の花の字がしみついてゐた。
村人は憐んで塚を立て、周囲に数多《あまた》の桜樹を植ゑた。これを花塚と称んださうだが、春めぐり桜に花の開く毎に、塚のまはりの山々のみは嵐をよび、終夜悲しげに風声が叫びかはして、一夜に花を散らしたといふことである。この花塚がどのあたりやら、今は古老も知らないさうな。
底本:「坂口安吾全集 02」筑摩書房
1999(平成11)年4月20日初版第1刷発行
底本の親本:「文体 第一巻第二号」
1938(昭和13)年12月1日発行
初出:「文体 第一巻第二号」
1938(昭和13)年12月1日発行
入力:tatsuki
校正:今井忠夫
2005年12月10日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全8ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング