本カイビャク以来これほど意気消沈していたことは例がない。と云うのは、その年の七月に、料理飲食店禁止令というものがでゝ、一切の飲みもの食べものの営業がバッタリと杜絶した。禁令というものは、かならず抜け道が現れて、裏口繁昌、表口よりもワリがよくて禁令大歓迎というのが乱世の常道だ。アル・カポネや蜂須賀小六大成功の巻となる。これが今日では常識であるが、はじめて禁令をくらった歴史的瞬間というものは、全然の初心者であるから、アレヨ、アレヨと云って途方にくれ、未来のアル・カポネたちも店をたたんで腕を組み天を仰いでいるばかり。真夏の太陽はいたずらにカンカンてりかがやき、津々浦々ゲキとして物音もない寂しい日本となってしまった。
 この時に当って、たった一日でも禁令を解除するというから、きいただけで心ウキウキしてしもう。
 私が大いなる感動をもって招待に応じたのは、云うまでもないところで、ところが私をむかえた友人は浮かぬ顔。
「アレはデマでね。話がうますぎると思ったよ。こんなことがあればいゝと、みんな同じ夢を見ているんだろうな。誰か一人がヤケッパチに思いつきを言ったのが、全市を風靡したものらしいよ」
 温
前へ 次へ
全49ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
坂口 安吾 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング